5月から7月末にかけて、演奏の仕事がいくつか続いていて、











緊張感たっぷりの日々のこのごろ。
まずは5月9日東京インターナショナルシンガーズのチャリティコンサートで、
ドヴォルザークのミサ曲ニ長調を演奏したときのお話。
この曲はハーモニーが独特でとても美しい。
オルガンのみの伴奏で、80ページもある大曲だ。
1ヶ月近く、かなり真顔で練習。
会場の大田区民ホール・アプリコにはオルガンが設置されていないため、
電子オルガンを借りて本番にのぞむ。
右側にあるのがオルガン。
左右の黒いスピーカーは、合唱団の方々に聞こえるように。
客席によく聞こえるように、ホールの両側にはめ込まれている
大型のスピーカーにつないでもらう。
弾いているわたしに聞こえないと困るので、
私の足下にもひとつ、モニター用のスピーカーを設置。
大掛かりです。
配線とか、出力、入力とかいう言葉を聞くだけで固まってしまうわたしに、
ものすごく親切にしてくださったホールの音響さん、
あなたのうしろに光すら見えました。お世話になりました。

ローランドのご好意で貸してくださったロジャースオルガン。

透明の譜面台。便利でしょ。
指揮者がよく見えます。
楽譜を右側に寄せて置いたら
身体を左に傾けたへんな格好で弾いてたみたいで、
終わったらいつになくあちこちが痛い。
そっか、自分の身体じゃなくてオルガンを傾ければ良かったんだ。

合唱団の創設者で、指揮者のマルセル・レスペランス氏の奥様でもあるキャロルさんが
この「癌研究会チャリティコンサート」を企画された。
しかし悲しいことにコンサートのわずか3週間前に亡くなられた。
丁寧に、大切に写真にお花を飾る団員のみなさん。

美しい人です。

続いて5月21日は、恵泉女子大学ランチタイムコンサート
多摩の圧倒的な新緑の坂道を上って

素敵なキャンパスを抜けると

気持ちのよい光に包まれたチャペルに到着。

オランダ・ライル兄弟社2002年製作

美しいのは見た目だけではない。
毎週練習に通っている神田キリスト教会と同じ工房の楽器で、
規模もストップの種類も極めて似ているのに、
出て来る音はまた違った性格なのがとても不思議。
人間でも、兄弟で全く性格違ったりするか。
このチャペルは信じられないくらい音が良く響くように作られているので、
その響きとオルガンの暖かみのある丸い音をたっぷり浴びて
いつまでも練習していたいなあ、とつくづく幸せな気持ちになった。
これぞオルガン浴。
演奏台

こちらのオルガニストの関本恵美子さんは、
本当に細やかに気を配ってもてなしてくださる方。
コーヒー一杯も魔法のように美味しく入れて下さる。
見習わなくっちゃ。
そしてこのお弁当がすご〜く美味でした。

あーたまらなくおなか空いてきた。




シゴトがんばってるねー!
ドボ・ミサお疲れさま~!
いいお話でぐっときました。ミサ曲向こうから聴いてくれてただろうね!
恵泉のチャペルもオルガンもステキだねー!
しかもめちゃくちゃ上手そうなお弁当つき。天国じゃ。
organvitaさま
ミサの終曲のアニュス・デイになると指揮者でご主人のマルセルも、合唱団のひとたちもみな彼女を思って涙していました。あまりに急で、まだ悲しみの最中だったので痛いような気持ちが伝わってくるようだったよ。
恵泉の響きは愛ちゃんにもぜひ体感して欲しいなあ。
minecoさま
7月1日夕方、聖路加礼拝堂で、minecoさんとお会いできて嬉しかったです。そしてReikoさんの演奏も充分に味わえました。聖路加のオルガンは、昨年の12月に妻と最後に一緒に聴いたオルガンです。昨年12月3日の夕の礼拝で妻は車椅子でしたが、オルガン演奏から祈りの最後までを一緒に聴きました。身体が辛かったはずなのに最後まで聴くと言って。その1週間後に意識を失い、クリスマス前の22日に他界しました。なので思い入れの強いオルガンです。ここで聴く音色は私にとって格別です。腕の効くオルガニストの方々が弾く音色にはさらに味わい深さが増すのです。今回のReikoさんの演奏も心に染み入る音色として、私の耳に心に、そして妻のもとに聴き入れたと思っております。
私は今年の3月から4ヶ月間オルガンを色々な場所で生で聴き歩き回ってますが、こうやってminecoさんをはじめオルガニストの方と接することができたのは、妻が私の心を癒してくれてかつ、オルガニストの思いを生で聞かせてくれる場を提供してくれたのかなと勝手に思っています。
また、別の場所でminecoさんのオルガンをお聴きする場面があると思いますので、腕の効く演奏をよろしくお願いします。
プレッシャーかけてしまったら、ごめんなさい。
Tsuyoshi Onoさま
聖路加は病院内の礼拝堂なので他の教会やコンサートホールとは違った、また特別な存在ですね。何より奥様のように、入院されている方々やそのご家族がいらっしゃれるというところがいいですね。あの空間で弾くということは、いつもそういうことを心のどこかにおいて弾くことだね、そういうことを感じられるのが良い演奏家だね、と打ち上げの席で聖路加の方々とも話しました。
演奏台での楽譜の写真を見てふと思ったこと。綴ってしまいます。
オルガニストは足を使って演奏しますから、弾く体勢がかなり重要なんですかね。
ちょっと変な体勢をしたら、筋肉痛になっちゃうんですね。
オルガン弾くこと自体の練習も必要であるものの、身体を鍛えることもある意味重要なのかも。
minecoさん含めオルガニストの方達は、きっと苦労しているんだなと察します。
6月上旬でしたが、「インターナショナル・オルガン・フェスティバル・イン・ジャパン2009」が長崎、松本、神奈川県民ホール、大妻女子大学、東京カテドラルでありました。児玉麻里さんの解説で、ハンガリーの教授パールウール・ヤーノシュ氏の演奏でした。私は東京で行われた2会場で演奏を聴いてきました。
東京カテドラルは知ってのとおり、音響が心地よく響き渡り、聴き手にとってはオルガニストの演奏の様子は見えないのですが、この響きに感動を味わう人は結構多いのかなと思っています。
大妻女子大学では、聴き手は演奏するオルガニストの背中と手足の動きを割りと近くに拝見しながら演奏を聴きます。
彼はここで初めて弾く大妻女子大学の校歌以外は全て楽譜無しで弾いてました。
「こりゃすごいじゃない!!」
初めて弾く校歌ですら楽譜をその場で見ての即興演奏でした。
私自身はピアノとかチェンバロの演奏会にも行くこともあるのですが、楽譜無しで弾いている場面ばかりです。
でも、オルガンについては、演奏するオルガンが変わればストップの数も違う、鍵盤の位置が微妙に違うなど、その場その場でそのオルガンに合わせた色々な音の色付けに対応していかなければならない複雑な楽器だと私自身は理解しています。なので演奏を楽譜無しで行うにはかなり演奏者に負担がかかるのかなと思って今まで聴いてきました。
以前、勝山雅世さんの演奏で楽譜に付箋紙をつけて、ストップの構成の番号を貼ったり、その場で対応していく苦労話を聞いたことを記憶してます。ここでのminecoさんの写真の楽譜にもそんな印があるような・・・
同じ楽譜でも、弾くオルガンによって色々な労力が掛かるんですよね。きっと。楽譜は読めない私でもその意味合いが他の鍵盤楽器と違うことを理解してますし、納得してます。
なので、楽譜無しの演奏はすごいと思いました。彼はどんな頭をしているんだろう?