「今日は」「初めまして」「おはようございます」など、挨拶は口でします。尤も、頭を下げたり、手を畳についたり握手などもしますが、一般に口でするものなのに、手偏(扌)を書きます。
手許の辞書を見ますと、「挨」は"押し開く" "強く進む" "互いに近づく"
"ひっつく"などの意味があり、「拶」も"せまる"など、挨とよく似た意味の字です。そして「挨拶」となると、やはり"押し進む" "前にあるものを押しのけて進み出る"などというのが本来の意味だそうです。(角川書店、昭和34年4月1日、初版発行、漢和中辞典、貝塚茂樹ほか編。因みに編者の一人、貝塚茂樹とは、理論物理学の分野で戦後、日本人初のノーベル賞を得られた湯川秀樹博士の実兄で、秀樹博士の弟、小川環樹博士も中国文学の権威、お三方とも京都大学の先生でした。)
ところで、"押し進む"などの意味のある"挨拶"が、何故、口で言う挨拶になったのかの理由ですが、これは、もともと禅僧たちが出会ったとき、お互いに肩を叩き合ったりして歓びを表現したことに由来すると、どこかで読んだことがあります。(多分、間違っていないと思いますが、詳しくは禅宗のお坊さんにでも...。)
禅宗は修行が厳しい。その厳しさが、武士の間で尊重されたのでしょうが、それだけに一般庶民からすると、びっくりするようなことがあります。例えば「玄関」という言葉、これも禅宗に由来する筈です。
但し、「玄」はもともと"くろ"(例:玄人=くろうと)、進んで"天""奥深い道理""清く静かなこと"などを意味し、「玄関」は禅寺の客殿などの入口に立った人に対して、"ここは玄妙の旨に入る関門、仏門に帰依する入口なんだぞ"と示した言葉でした。
尤も「玄」は、中国の老子や荘子(西紀前3-4世紀)の哲学用語で、人間の造作など表面的な事象を離れた、より根源的な"無為自然"などを説く道家の哲学で大切にされる言葉の一つであります。(註、道家と、後世に発達した"道教"とは似て非なるもの。道教は自分たちの教祖として老子などをかつぎ出していますが、実は西紀3~4世紀頃に発生した俗信で、不老長生や日時・方角の吉凶、更には六輝=六曜によって、大安、友引、仏滅などをも説く。)
親鸞聖人も非常に尊崇された曇鸞大師(5世紀後半-6世紀中葉、浄土真宗の方がたは「正信偈」の"本師曇鸞梁天子 常向鸞処菩薩禮"で、よく御存知ですね)が住まわれた華北の玄中寺も、もともとは道家思想と関係があったと想像する学者も居られます(白馬社刊、村上鉄瑞著『道綽余聞』序、元京都大学人文科学研究所所長 福永光司先生)。曇鸞大師は元来、四論(=中観哲学、空の思想)を学ばれたと言われています。そう言えば空の思想は道家の"無為自然"とちょっと似ていますね。脱線はこの辺でやめておきましょう。
さて本題に戻って「挨拶」ですが、私は立場上、「今日は!」だけではなく、いわゆる御挨拶をすることが可成り多い。来客は勿論、築地本願寺への参拝団、何かの会合、入学式や卒業式、会議、結婚披露宴、その他の祝宴。一日に三度ぐらい、大勢の皆さんの前で、その場その場でのご挨拶をすることもあります。
しかし、本当にいい挨拶は、なかなか難しい。挨拶が無ければ、どんなに楽かと思います。上手なら挨拶をする方も聴く方も楽しいかも知れませんが、下手なだけに、本当に辛い。これは私の持論なのですが、TVやラジオのアナウンサーがニュースを読むスピードは、1分間に300字ぐらいだそうです。これに対して、私たちが原稿を書くスピードは、1分間で20字前後。つまり、しゃべる時の頭の回転の速さは書く時の15倍。だから書く方が遙かに楽、しゃべる方がずっと難しいという訳です。
おまけに原稿なら何度か読み返して添削する事も可能だが、しゃべる方はそうは行かぬ。一旦口外したら、その発言は、もう一度飲み込むことは出来ません。一応しゃべり終って下壇したら、再び登壇して補足することは不可能です。
さて、去る3月18日、飛鳥寛栗師といわれる方が、仏教伝道協会(=会長、沼田智秀師、伝道協会は世界の主要大学15校に仏教講座を開設したり、仏教経典の要所を世界の46ヶ国語に翻訳した「仏教聖典」をこれまでに780万冊、各国のホテルに配布するなどして仏教文化の弘流に努力されている。協会の母体というべき株式会社ミツトヨは、その製品マイクロメータなど、世界的な精密機械売上げの利益を仏教伝道に使うために、先代沼田恵範師によって設立された会社です。)の平成21年度の文化賞を受賞されました。東京・芝にある協会の仏教伝道センタービルでのその授賞式、懇親会に出席して祝辞を申し上げたのですが、祝辞を終って下段した途端に、ああ、あれもこれも言い忘れたと思って忸怩(じくじ)たる思いでした。
飛鳥師は富山県高岡市にある浄土真宗の大きなお寺の前住職さんです。大正4年生まれ、94歳。しかし矍鑠(かくしやく)たるもので、上記の祝辞の中で、昭和4年の間違いではないかと申し上げたほどなのですが、本願寺立の龍谷大学の学生時代からコーラス部などで活躍され、御卒業後も様々な音楽活動を行い、著作も多い。本願寺の仏教音楽研究所でもいろいろ御指導を下さっている。そして、何と言っても70年以上に亘る音楽活動ですから、まるで生き字引。そしてとうとう一昨平成20年に『日本仏教洋楽資料年表』という書籍を刊行された。安政6年(1859)から平成12年(2000)に及ぶ百数十年間の歴史年表(詳細な事項と固有名詞の索引つきB5またはA4変形版、207頁)です。
スピーチの時間を5分以内とお聞きしていたので、多分3~4分で様々なことを申し上げ、さてステージから降りて自席に戻るか否かに、200人前後の参会者に是非とも聴いていただきたいことを言わなかったことに気がつきました。
それは師が、単に住職や音楽関係のお仕事をされているだけではない。数多くの御門徒たちの懇念を集めて、これまで何度も、ベトナムやカンボジアなどの難民援助のカンパを送ってこられた、いわば国際親善人であること、宗門の長老として、時には宗会議員全員70数名に対して、宗門の歩み方に誤りがあってはならぬと、封書の宛名書きも一々自筆で警告・指導の書状を折々に送られていることなどです。
そしてつい先日も驚くようなことがありました。それは最近、御令息(住職)が御門徒のインド仏蹟巡拝旅行を引率し、その際に見聞されたこととも関係があるのですが、彼地での葬儀の一場面に関してのことです。
それは、私も50年余り前ですが、2年近く在住していた、ヒンズー教の大聖地ベナレス。人が死ぬと、ガンジス川に沿って展開するその町の河岸へ、近郷近在からも遺体を運んで来て荼毘に付するのですが、その遺体の運び方。長い2本の竹の棒の間に板を張り、そこに男性の遺体は白布、女性の遺体は赤布で包んで載せて縄で縛り、通常4人の男がかついでくる。その際、声高らかに「ラーム・ナーム・サッチャ・ハイ」と、むしろ叫び続けながら街中を通り、河岸にやってくるのです。 その言葉の意味、ラーム(=ラーマという、ヒンズー教の神様)の名(ナーム)はサッチャ(真理)でハイ(ある)ということなのですが、それを「神の名のみが真実」と訳した書物があり、「名のみ」という言い方の、いわば宗教哲学的な意味と、それが何時頃からのことなのかという御訊ねの御手紙を老師から頂戴したのです。
これは例えば、阿弥陀如来という仏は、智慧そのもの、慈悲そのもののこと、逆に、限り無い智慧と慈悲との仏を阿弥陀如来とお呼びする、と言ったらよいでしょうか。また、阿弥陀仏(南無阿弥陀仏)という名前は、限り無い智慧と慈悲そのものである阿弥陀仏と別個にはあり得ないと言うべきでしょうか。要するに真宗学でいう、「名体不二」という考え方と似ています。
私はお手紙で、遺体運搬に際してのこのような趣旨を簡略にお答えしたのですが、インドの民俗信仰で唱えられている言葉に対する飛鳥師の、この敏感な反応ぶり。これは師の頭脳がまだまだ若い人顔負けの新鮮さをもっている何よりの証拠です。
しかしこれらのことは、約200人の参会者の中で、多分、私しか知らないことです。これをこそ私は皆様に御披露すべきだった。私はそれが出来なかった。飛鳥師に対してはもとより、御参会の皆様にも大変申し訳無いことをしたと思っています。
だから挨拶が苦手だと言うのです。
なお、上記のラーマですが、インドが世界に誇る古典的二大叙事詩「マハーバーラタ」と「ラーマーヤナ(ラーマの行状記)」のうちの一つ。ラーマは後者の主人公として大活躍する英雄の名前です。他方、ヒンズー教の最大神格、ブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァの三神のうちのヴィシュヌ神の第七番目の化身といわれ、御参考までに申しますと、釈尊は第九番目の化身だと考えられています。
ヒンズー教は、何でも彼でも、自分のテリトリーにかかえ込んで、その命脈を広げてきたのです。「寛容の宗教」とも言われる所以です。
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