親鸞聖人のお名前として『御伝抄』に出てくる第二番目は"善信"です。
これは聖人が29歳で法然聖人の門下にお入りになり、念仏者としての道を歩みはじめられて3年目、31歳の時(建仁3年・1203年)にあった夢のお告げに関する「記」の中に出てきます。
この夢というのは、六角堂(京都市の中央、烏丸通六角東入る。華道の池坊家元のお寺)の救世観音菩薩が現れて、おそらくは異性の問題で悩んでおられた聖人に「女犯もかまわぬぞ」と語りかけて下さり、「この事を一切の群生(人びと)に聞かせよ」と告げられた。その時、救世菩薩が聖人に呼びかけられたお名前が"善信"なのです。
そしてこの"善信"は、聖人の極く御晩年まで用いておられたようです。というのは、文応元年(1260)11月付のお手紙でも、「善信八十八歳」と書いておられます。
これは聖人が29歳で法然聖人の門下にお入りになり、念仏者としての道を歩みはじめられて3年目、31歳の時(建仁3年・1203年)にあった夢のお告げに関する「記」の中に出てきます。
この夢というのは、六角堂(京都市の中央、烏丸通六角東入る。華道の池坊家元のお寺)の救世観音菩薩が現れて、おそらくは異性の問題で悩んでおられた聖人に「女犯もかまわぬぞ」と語りかけて下さり、「この事を一切の群生(人びと)に聞かせよ」と告げられた。その時、救世菩薩が聖人に呼びかけられたお名前が"善信"なのです。
そしてこの"善信"は、聖人の極く御晩年まで用いておられたようです。というのは、文応元年(1260)11月付のお手紙でも、「善信八十八歳」と書いておられます。
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