「親鸞」(1173~1263年)という名前をご存じでしょう。
浄土真宗を開かれた方ですが、平清盛が死んだ年に数え年9歳で、90歳で亡くなられましたから、その生涯の大部分を鎌倉時代(注)にすごされたことになります。
ところで、偉大な人物の常として、後世になって、さまざまな伝説がつくられます。名前もしかりです。
「親鸞」の場合、幼いころの名として、松若丸(まつわかまる)、鶴充麿(つるみつまろ)、忠安(ただやす)、忠宴(ただやす)などが伝えられています。この中、いちばん妥当かと思われるのは忠宴です。なぜなら、9歳で出家したときに名乗られたのが「範宴(はんねん)」で、これは、父君の名前・有範(ありのり)から一字、幼名忠宴から一字を採ったと考えられるからです。
なぜ他の名前が伝えられたか、それは他日考えることにして、その後、綽空(しゃっくう)、善信(ぜんしん)、親鸞などと名乗られることになります。「親鸞」は最後のお名前です。
(注) 鎌倉時代は、西暦でいうと1185年頃~1333年と
するのが現在では比較的有力な説である。
浄土真宗を開かれた方ですが、平清盛が死んだ年に数え年9歳で、90歳で亡くなられましたから、その生涯の大部分を鎌倉時代(注)にすごされたことになります。
ところで、偉大な人物の常として、後世になって、さまざまな伝説がつくられます。名前もしかりです。
「親鸞」の場合、幼いころの名として、松若丸(まつわかまる)、鶴充麿(つるみつまろ)、忠安(ただやす)、忠宴(ただやす)などが伝えられています。この中、いちばん妥当かと思われるのは忠宴です。なぜなら、9歳で出家したときに名乗られたのが「範宴(はんねん)」で、これは、父君の名前・有範(ありのり)から一字、幼名忠宴から一字を採ったと考えられるからです。
なぜ他の名前が伝えられたか、それは他日考えることにして、その後、綽空(しゃっくう)、善信(ぜんしん)、親鸞などと名乗られることになります。「親鸞」は最後のお名前です。
(注) 鎌倉時代は、西暦でいうと1185年頃~1333年と
するのが現在では比較的有力な説である。
「親鸞」が最後のお名前だったとは知りませんでした。
どんなきっかけでお名前を変えておられたのでしょう?
心機一転がんばるため?
今度はそのへんを教えてください。
はじめまして。
ご縁あって、輪番様のブログなるもの・・・にたどり着きました。
なかなか興味深く、今後のブログ更新が楽しみです。
初めての築地生活・・・不慣れで御苦労も多いことでしょうが
なにとぞ お身体に気をつけて これから「仏道」のお話や
輪番様の 日常日記なども楽しみにしております。
はな
築地本願寺様のサイトから参りました。輪番様より直接お教え頂いているようで、大変有り難い思いです。
これからも楽しみにいたしております。拝
はじめまして。
アメリカの友人の勧めで、こちらのブログに参りました。
あの豊原さんがブログを始めたらしい!と聞いた時は、わたしの驚きの声が周りにさぞ響いたことでしょう。
おじいちゃんに教えてもらっているような、知識の泉のように湧き出てくる文章にいつもいつも敬服いたしております。
はじめまして。
新ご輪番のブログ、楽しみにしています。
私も、なぜ親鸞聖人は名前を何度も変えられたのかなと思っていました。
名前を変えるのは大変なことですよね。普通は一生同じ名前ですね。
法然聖人は変えておられませんね。
鎌倉時代は頼朝が征夷大将軍になった1192年(いいくに作ろう鎌倉幕府)からだと思っていましたが、平家滅亡の1185年なのですね。