旧年(平成14年)11月中旬、甥と二人きりで、足かけ6日、正味4日間の旅をしました。二人ともかつて何度も訪問したことのある、インドの北、ヒマラヤ山麓の国ネパールの首都カトマンズを訪ねたのです。
ご存じのように、40年あまり前の昭和34年(1959)、中国軍の侵入によって、チベットの法王ダライ・ラマ以下が、ヒマラヤを越えてインドに亡命しました。これを契機に、たくさんのチベット人が隣国のネパール、特にカトマンズ周辺にも来住し、従って現在は、チベット仏教に関するさまざまな情報その他が私たちにも入手しやすいと考えたからです。
飛行機の都合で、往路はタイの首都バンコクの空港付近のホテルに一泊、翌朝は近くのお寺にお参りしましたが、ちょうど満月の日とあって、境内は屋台店が立ち並び、参詣者で満員。数百畳敷の本堂では、スピーカーから流れるお説教に耳を傾ける人びと、別のお堂では数十人のお坊さんが、緊張した面持ちで、何か修行か儀式の一齣を進めている厳粛な雰囲気をかいま見ることができました。
昼間の便でカトマンズに飛び、ホテ ル に荷物 を置くとさっそく 、 市の東郊にある、この国最大の目玉寺ボード・ナート寺(境内の中央に築かれている世界 最大の仏塔の平頭の四面に、大きな目玉が描かれてある。通称、目玉寺の一つ)にお参りしました。私には15年ぶりの訪問でしたが、境内はもちろん、いわゆる門前町があまりに賑やかになっているのにびっくりしました。
(豊原大成『心の風景 Ⅲ』自照社出版2006年 より)
ご存じのように、40年あまり前の昭和34年(1959)、中国軍の侵入によって、チベットの法王ダライ・ラマ以下が、ヒマラヤを越えてインドに亡命しました。これを契機に、たくさんのチベット人が隣国のネパール、特にカトマンズ周辺にも来住し、従って現在は、チベット仏教に関するさまざまな情報その他が私たちにも入手しやすいと考えたからです。
飛行機の都合で、往路はタイの首都バンコクの空港付近のホテルに一泊、翌朝は近くのお寺にお参りしましたが、ちょうど満月の日とあって、境内は屋台店が立ち並び、参詣者で満員。数百畳敷の本堂では、スピーカーから流れるお説教に耳を傾ける人びと、別のお堂では数十人のお坊さんが、緊張した面持ちで、何か修行か儀式の一齣を進めている厳粛な雰囲気をかいま見ることができました。
昼間の便でカトマンズに飛び、ホテ ル に荷物 を置くとさっそく 、 市の東郊にある、この国最大の目玉寺ボード・ナート寺(境内の中央に築かれている世界 最大の仏塔の平頭の四面に、大きな目玉が描かれてある。通称、目玉寺の一つ)にお参りしました。私には15年ぶりの訪問でしたが、境内はもちろん、いわゆる門前町があまりに賑やかになっているのにびっくりしました。
(豊原大成『心の風景 Ⅲ』自照社出版2006年 より)
コメントする