翌日は、遙か北方の丘の上に聳えるコバン寺に向かいました。この寺院は30年あまり前に建てられたのですが、今や僧侶の数は約300。そのうち200ほどは、近隣の貧しい農村の子弟で、お経を読むために文字を学ぶことから始める、いわば学校を兼ねている寺院と言ったらよいでしょう。
私たちはあらかじめ約束してあった僧院長さんにまず面会しました。60歳台かと思われるこのラマ(僧侶)は、ゲーシェー(博士)という肩書きをもつ高僧です。英語もしゃべりますし、気さくな人柄で、いきなり単刀直入に話し始めました。
「東京へ行ったことがあります。一口に言って、日本の人は、時間とお金のことは気にしますが、ダルマがありませんね」。
ダルマとは法、つまり仏法のことです。
「この寺には、僧侶以外に大ぜいの人びとが、仏教の勉強にやって来ています。西洋人もたくさんいますよ。しかし、日本人は一人もいません。講義は英語で行いますから、英語のわかる人びとを、本願寺からも派遣してください」。
(豊原大成『心の風景 Ⅲ』自照社出版2006年 より)
私たちはあらかじめ約束してあった僧院長さんにまず面会しました。60歳台かと思われるこのラマ(僧侶)は、ゲーシェー(博士)という肩書きをもつ高僧です。英語もしゃべりますし、気さくな人柄で、いきなり単刀直入に話し始めました。
「東京へ行ったことがあります。一口に言って、日本の人は、時間とお金のことは気にしますが、ダルマがありませんね」。
ダルマとは法、つまり仏法のことです。
「この寺には、僧侶以外に大ぜいの人びとが、仏教の勉強にやって来ています。西洋人もたくさんいますよ。しかし、日本人は一人もいません。講義は英語で行いますから、英語のわかる人びとを、本願寺からも派遣してください」。
(豊原大成『心の風景 Ⅲ』自照社出版2006年 より)
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