あれは平成17年10月16日のことです。丁度、親鸞聖人の月命日のお日中(午前中)のおつとめを大阪・津村別院輪番としてお勤めし、午後から自坊に帰りました。自坊までは約30分の距離です。そのころ私は、別院から発行する『建法幢』という書籍(約450頁)の校正に連日追われていたのです。11月15日、報恩講のために御来院いただく御門主に第一冊を献上しようと、みんなで計画していたからです。
さて午後1時ごろから校正をやり出したのですが、何しろ懸命です。そして一息つこうと頭を上げて時計を見たら、午後5時。その時、「さっきから4時間ばかり煙草を喫っていない」ことに気がつきました。更に、「これだけ喫わないでいけるのなら、これでやめよう。間もなくやってくる海外旅行の機内で、愛酒家は楽しんでいるのに、こちらは我慢のしどおしという不公平に、腹を立てなくて済む!」
そして、まるで末期の水のように、もう一本だけ火をつけて、それで完全にやめました。
但し今でも煙草の匂いは嫌ではなく、そばで喫ってもらっても「良い匂いだな」と思うこともあるのです。
さて午後1時ごろから校正をやり出したのですが、何しろ懸命です。そして一息つこうと頭を上げて時計を見たら、午後5時。その時、「さっきから4時間ばかり煙草を喫っていない」ことに気がつきました。更に、「これだけ喫わないでいけるのなら、これでやめよう。間もなくやってくる海外旅行の機内で、愛酒家は楽しんでいるのに、こちらは我慢のしどおしという不公平に、腹を立てなくて済む!」
そして、まるで末期の水のように、もう一本だけ火をつけて、それで完全にやめました。
但し今でも煙草の匂いは嫌ではなく、そばで喫ってもらっても「良い匂いだな」と思うこともあるのです。
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