本願寺第11代顕如上人(1543-1592)が、永禄2年(1559)12月、門跡に列せられたことにより、皇室の副紋である「五七桐」の紋所の使用を勅許されました。
以降、これが第20代広如上人まで10代にわたって用いられるようになり、現在でも「記念五条袈裟」などの紋として依用されています。最近の例としては、平成4年に勤修された顕如宗主四百回忌の記念五条袈裟の紋があります。
本願寺派記念五条袈裟の紋より
以降、これが第20代広如上人まで10代にわたって用いられるようになり、現在でも「記念五条袈裟」などの紋として依用されています。最近の例としては、平成4年に勤修された顕如宗主四百回忌の記念五条袈裟の紋があります。
本願寺派記念五条袈裟の紋より
出ました、五七の桐。
八藤も下がり藤も人なつっこい紋で好きですが、
この五七の桐紋だけは
「これが目に入らぬか!」のような威圧感をおぼえます。
私だけかなあ。
本願寺の紋として、下り藤と五七桐があることは知っていましたが、どうして二つもあるのか・・・・と思っていました。鶴丸に牡丹などもあったのですね。長い歴史のなかで、紋をみるだけでも、その流れがわかりますね。
もちろんこれらは世俗のことですが、いま私たちが生きている世界とは、ちょっと別世界のような気がしないでもありません。異次元に引き込まれたような気持ちで、読ませていただきました。