(6月26日のコメントに応えて)
幼いお子たちが掌を合わせ、お念仏する姿
ほど心のなごむ、素晴らしい光景は少ないで
しょう。
そのお子たちが、摂取不捨(み仏の救い)
にあわないのではないかなどの御心配は全く
無用です。
人の歩む道は大きく分けて二つあります。
仏への道と地獄への道です。お子たちは間違
い無く、み仏への道を歩んでおられるのです。
昔から、「朱に交われば赤くなる」という
諺があります。これは一般に悪い意味に用い
られることが多いのですが、良い意味でも言
えることだと思います。
お念仏することによって、お子たちの心は、
次第にみ仏の心に染められてゆくのです。
可愛い盛りはそれでよいのですが、問題は
例えば中学生ぐらいになり、親から離れて
独り立ちの準備なのでしょうが、いわゆる
「なまいき盛り」、反抗期に入る。あるいは
クラスメートの中などに悪餓鬼が居て、むしろ
悪への誘惑を受ける。その時、お仏壇に掌を
あわさなくなったり、お念仏を称えなくなる
場合があります。
どうか、お子たちを上手に育ててあげて下さい。
ところで我が国には、つい十年前(1995年)
までは、尊属殺人罪という法律がありました。
これは、両親や祖父母、伯父叔母などを殺害
したものは死刑か無期懲役になるという法律
でした。そしてこの法律が廃止されて以降、
反って尊属殺人が増え続けています。
しかし、この法律があった時代でさえ、
幼児虐待や幼児殺害に関する法律はなかった
のです。誰が子どもを殺すなど、誰も夢想
だにしなかったからです。
そんな時代でも、数え15歳(満13~14歳)
での結婚は、やはり早すぎた。その結婚の
背景には、何か「ねえや」の拒否できない
事情があったのでしょう。これは歴史的
事実です。歴史を現在の都合で抹殺しては
なりません。
その悲しさは、淋しさを、秋の風景の一つ
である"赤とんぼ"の中に詠み込むことに
よって、人の悲しさ、物の哀れを見事に
表現したのです。これが芸術なのです。
もしも、物の哀れ、人間の悲しさを、
教科書から抹殺するとしたら、源氏物語も
平家物語も、その他、無数の貴重な文学や
芸術も、消えてゆくことになる。
今の日本の教育で一番大切なことは、
人間の、しみじみとした、本当の喜びと
悲しみを教えることなのです。
それにしても「光明の広海」(『教行信証』)や
「諸行無常」は、何と素晴らしい教訓では
ありませんか。
(豊原大成 『心の風景Ⅲ』 自照社出版 2006年より)
ところが、この「赤とんぼ」の三番が、
学校の教科書から、一時期、消えていたよう
です。そしてその理由というのが、
「ねえやは十五で 嫁に行き
お里のたよりも 絶え果てた」
が良くない。現在の法律では、18歳未満の
男女は結婚してはいけないのだから、
というのだそうです。私は、あきれてしまい
ました。
確かに現在の法律は、そうなっている
でしょう。私はこの法律が間違っている
とは申しませんし、今や日本の若い女性たち
の間には、いわゆる独身主義が横行している
ようです。30歳を過ぎても結婚しない女性
も少なくありません。
しかし戦前は、多くの女性が旧制高等
女学校(五年制)を卒業すると間もなく、
つまり数え年19か20歳(満18歳)で
結婚しましたし、明治、大正の頃までは、
16~17歳での結婚も珍しくはなかった。
中には数え年15歳での結婚も、あったはず
です。
そして農家や商家の重要な一員として
働きながら、出産し、育児をし、愛情あふれる
素晴らしいお母さん、女性へと、自らも
成長していったのです。
(豊原大成 『心の風景Ⅲ』 自照社出版 2006年より)
私の好きな歌の一つに、有名な詩人三木
露風作詩、かつての日本の代表的な作曲家
の一人、山田耕筰作曲の「赤とんぼ」が
あります。
春の歌「早春賦」も大好きで、歌詞も
メロディーも「早春賦」の方が格調は高い
かと思いますが、「赤とんぼ」には、優しさ、
素朴な哀愁がありますね。
もう40年数年前のことですが、インド
留学中の一夕、外国からの学生にインド人
学生もまじって、十数人で懇親の集いを行い
ました。
食事が終り、紅茶やコーヒーが出て、
お国自慢も飛び交っている間に、誰が言い
出したか、それぞれ母国の歌を披露すること
になりました。
その時、誰がどんな歌を歌ったかは憶えて
いないのですが、私はほとんど何のためらい
もなく、「赤とんぼ」を歌いました。
もちろん、私は歌は上手ではありませんが、
幸いに何とか思い出し思い出ししながら、
やっと四番まで歌い終わった時、多分、ほかの
誰の時よりも大きな拍手が起こりました。
そして口ぐちに、「歌詞の意味を教えてくれ」
というのです。
歌詞を思い出して歌うだけでも、やっとこさ
だったのに、メロディーなしで歌詞を語り、
全く文化・風俗の異なる彼らに、その意味を
説明するのにはかなり難渋したことを今も憶え
ています。
(豊原大成 『心の風景Ⅲ』 自照社出版 2006年より)
(4)お供物も考えて
ご法要のとき、親戚や知人から大きな名札のついた
供花(くか)、果物篭、菓子箱など、形も大きさもまちまち
の品物が、お仏壇の前や仏間いっぱいに無秩序に
置かれているのは、むしろ荘厳味をそこねましょう。
だから、一般にお供えがたくさん集まって来そうな家
の場合などは、殊に、大きな品物をお供えするのは
むしろ手控え、法要につきものの経費のことも考えて、
形ばかりの小さな供物に金封をつけるか、あるいは
いっそ金封だけにしたらどうでしょうか。
仏法に対する篤い薄いだけでなく、一人ひとりの人格
までが、ちょっとお仏壇のお荘厳を拝見しただけでも
わかるものです。
(豊原大成 『知っておきたい浄土真宗の行事と仏事』 自照社出版 2008年)
(3)不要な仏具はとりはずす
法要に際して、お供物を供えたとき、それに合わせて
かける前卓などの打敷が、平常かけっぱなしになって
いるのは感心しません。
また、お供物を取り下げたあと、華束台(けそくだい)や
高杯(たかつき)などが、空っぽのままで放置されている
のも、だらしないものです。お供物と共に、器や台も取り
下げましょう。
(豊原大成 『知っておきたい浄土真宗の行事と仏事』 自照社出版 2008年)
(2)お仏壇の外に置くべきもの
仏具だからといって、何でも仏壇の中に入れてよい
とはかぎりません。次のものは、お仏壇の外の適当
な場所に置くべきでしょう。
羽箒(はぼうき)
マッチ消し
客間に掃除機やゴミ箱を置く家はありません。まし
お仏壇は・・・・。
その他、厳密に言えば、マッチや線香の箱や香盒
などもお仏壇の外に出しておくか、抽出しに入れて
おくのがよいように思われます。お寺の本堂の内陣
でも、前卓の上に香盒は置いてありません。
(豊原大成 『知っておきたい浄土真宗の行事と仏事』 自照社出版 2008年)
お家のよって、いかにもすっきりとしたお荘厳(かざり)を
してあるお仏壇と、何かごてごてした感じの仏壇とが
あります。それはどうやらちょっとした心遣いの差が原因
だろうと思われます。いったいどこが違うのでしょうか。
(1)本尊の前をふさがぬこと
家族の誰かが亡くなって、はじめてお仏壇を買い求
めた家などに多いようですが、ご本尊の前に位牌や
骨箱がでんと構えて、ご本尊をすっかり隠している
場合があります。
位牌や骨箱を大切に思う気持ちはよくわかりますが、
ご本尊をふさいでしまわぬよう、左右どちらかの脇に
寄せて置きましょう。
また仏器(仏飯器)や供飯台が大きすぎて、ご本尊が
かくれている家もあります。そんな場合は、ご本尊が
よく拝見できる程度の、適当なおおきさの仏器、供飯台
に取り替える必要がありましょう。
(豊原大成 『知っておきたい浄土真宗の行事と仏事』 自照社出版 2008年)
前門様とお呼びした方がお分かりになる方も多いでしょう。
明日6月14日が七回忌にあたります。
法要をおつとめするにあたり、表白(ひょうびゃく、法要の意味を申し述べること)を書きました。
敬って
大慈大悲の阿弥陀如来の
御前に白して言さく
本日ここに
衆多篤信参拝の門侶と共に
恭々しく尊前を荘厳し
懇ろに聖教を読誦して
本願寺第23代
信誓院勝如上人の七回忌法要を勤修し奉る
夫れ おもんみるに
上人は明治44年11月1日ご誕生
幼時より英明の誉高し
昭和2年 御年17歳にして御得度
直ちに本願寺住職
本願寺派法主に就任せらる
爾来 戦前戦中
諸般極めて困難の中
よく大宗門を統裁して
念仏の法城を護持せられたり
祖国敗戦によって戦火漸く鎮まるや
新しい時代に備えて
宗門在来の法制を改め
全国500余組の組巡教
更には有縁諸寺院への御巡教によって
親しく僧侶門信徒に接しつつ
これを教化し給い
且つは屡々錫を遠く海彼に飛ばして
ハワイ並びに南北アメリカ等
異郷寂寥の門信徒を労い
み教えの伝持に努め給いき
しかのみならず
昭和23年 蓮如上人450回遠忌法要
昭和36年 親鸞聖人700回大遠忌法要
昭和48年には
親鸞聖人御誕生800年
浄土真宗立教開宗750年慶讃法要など
数々の大法要を勤修せられ
その間
昭和38年11月より12月にかけて
御裏方御同伴にて約40日間
インド方面の仏跡を巡拝され
昭和42年より44年にかけて
大谷本廟を整備して無量寿堂を造営し
就中
昭和33年には
「浄土真宗の生活信条」を
昭和42年には
「浄土真宗の教章」を制定発布して
念仏者の歩むべき道を明示し給いき
又 或る時は
全日本仏教会々長として
本邦全仏教界を統裁し
他方 日本教誨師連盟総裁
日本仏教保育協会名誉会長
全国青少年教化協議会々長等として
広く時世の改善と
次世代の育成に力を注ぎ給う
降って昭和52年
御年65歳
在位50年にして
宗門の若返りを願い
本願寺住職 本願寺派門主を退任せらるるも
引き続き前門主として
内外各地への御巡教
殊に西ヨーロッパ各国への伝道に励まれ
且つ又
無数の扁額 條幅 色紙等の
御染筆下付によって
普く僧侶門信徒に
法義の肝要を教示し給う等
その御事績実に枚挙に暇あらず
然れども
生者必滅は三世十方の道理なり
平成12年6月
終生最高の伴侶たりし
前裏方様のご逝去につづき
去んぬる 平成14年6月14日
御年91歳を以て
蓮華蔵世界に遷化し給う
しかも
その懇篤勧化の余芳は
今も高らかに四方に薫じ
その精励教化の御足跡は
年を経ていよいよ明らかに輝かん
希わくは
今日ここに参集の僧俗諸共に
深く上人の御遺徳を偲び
御化導を謝しつつ
いよいよ確かなる求道聞法 念仏弘通の歩みを
進めんことを
伏して請う
如来 深厚の大悲を垂れて
哀愍納受し給え
夫が仕事場で妻にわからないことがたくさんあるよう
に、妻の仕事にも夫にはわからない悩みがある毎日
でしょう。老人には病気がつきものですし、若ければ
若いで、老人にはわからぬ悩みが、いっぱいあります。
これがこの世の姿なので、自分だけが特に不幸なの
ではありません。疲れたから、気分が悪いからといって、
ふくれっつらをすれば、家の中がいっそう暗く、いっそう
不幸になることでしょう。
お互いが仏さまに掌を合わすような気持ちで、明るく
生活したいものです。
(豊原大成 『知っておきたい浄土真宗の行事と仏事』 自照社出版,2008年 より)
さて、駅には売店が三つあるから、私たちは、自分が
楽しく買物ができる店を選ぶことができますが、無愛想
な店しかなかったら、さぞかし不愉快なことでしょう。
さらに、週刊誌なら買わずにすますこともできますが、
もし代わりのないもの、たとえば、夫婦というものが、
ふくれっつらをしていたらどうでしょう。不愉快だからと
いって他の男性や女性にかえるわけにもいきません。
そうだとわかっていても、もっと楽しい相手や雰囲気を
他に求めたくなるのは男でも女でも、また若くても老人でも
同じことです。
(豊原大成 『知っておきたい浄土真宗の行事と仏事』 自照社出版,2008年 より)
私がいつも通る駅には、売店が三つあります。
中の一軒は、特にいうほどのことはありませんが、
他の一軒は若い娘さんなのに、いつもブッとふく
れっつらをしていて、代金をわたしても、おつりを
出すときでも、にこりともしなければ「ありがとう」
とも言いません。
もう一軒は中年のおばさんが坐っています。別
にお世辞を言うわけではありませんが、にこにこ
しているし、マッチ一つだけを買っても「ありがとう
ございます」と言葉づかいも丁寧です。
実は、この店が一番不便な場所にあるのですが、
値段が違うわけでもないので、私は特に急ぐとき
以外は足をのばして、そこで週刊紙などを買うこと
にしています。
よく聞くと、私のほかにも、同じことをしている人
が、ときどきあるようです。ふくれっつらを見ると、
こちらも腹が立ってくるし、逆に、にこにこと愛想の
よい顔を見ると、こちらも何となく楽しくなってくる
からです。
これが自然な人情というものでしょう。
(豊原大成 『知っておきたい浄土真宗の行事と仏事』 自照社出版,2008年 より)
(幸福になりたいならば、親孝行し、
先生や年長者など(目上の人)を
大切にせよ) 『観無量寿経』
若者が長い脚を
だらしなく投げ出して
シートに坐り、
周辺(あたり)かまわず大声でしゃべり
居眠りをし、
そ知らぬ顔で漫画を読み
その傍で老人が、おずおずと
荷物を持って立っている、
そんな車中の光景が少なくない。
それが間違っていると
その場で教えてと
逆捩じを喰わされるかも知れない。
だから教えられない。
そして事態は次第に悪くなる。
そんな事が何十年もつづいて来た。
その結果が今の日本。だからネパールの坊さんに
「日本はダルマ(法)が無い」
などと言われるのだ。
その場でなく、
前以って教える
それが家庭であり学校であり
お寺でなくてはならない。
ついでに言葉の問題をもう一つ。
先日も、近ごろの日本は、敬語が無茶苦茶になってきている
と書きましたが、ある住宅に入口に、
「押し売りや勧誘は、おことわり申し上げます」
という意味のプレートが貼ってありました。
これもこの家の人がプレート屋に発注して、貼ったのでしょう
が、ここは
「・・・・申し上げ・・・・」なくとも、「・・・・おことわりします」の程度で
十分なのではないでしょうか。
丁寧も、過ぎると、××丁寧とか慇懃無礼になりかねませんし、
言葉の場合は、国語の能力や、果ては教養まで疑われることに、
なるかも知れませんね。
些細なことでも、ご注意、ご注意。
昨日は「失せ物」でしたが、今日は「忘れ物」。しかし、深刻
な話しではありません。
というこは、関西方面(全国、他の地方も同じかも知れませ
んが)で、タクシーに乗ると、運転席か助手席の背中、つまり
後部の客席からよく見える位置に、「忘れ物にご注意ください」
と書いたプレートが、しばしば貼ってあります。
それを見るたびに、私はひそかに苦笑してしまいます。
だって、「忘れ物」というのは、通常、「忘れた物」という意味
であって、「忘れるかも知れない物」という意味ではないと思
われるからです。
だから、JRの大きな駅などには、必ずといってよいほど「お
忘れ物お預かり所」というような部署があり、そこには乗客が
車内に置き忘れた雨傘や鞄、・・・・、稀には「遺骨」さえもが
保管してあるそうだからです。
結論を急ぎましょう。
タクシーの中のプレートは、正確には「お忘れ物無きようご注
意ください」とあるべきでしょう。しかし「忘れ物にご注意ください」
でも、何となく意味がわかる。これを日本語の曖昧さときめつけ
るべきか、プレート製作者、ひいてはタクシー会社の不注意と
解すべきか、はたまた一種のユーモアと片づけるかは、面々の
御はからいというべきなのかもしれませんね。
20年ぐらい前でしょうか、ある方から小さな櫛を戴きました。
金属性で折り畳み式。柄に相当する部分がケースになってい
て、そこにフックが着いています。だから丁度、万年筆と同様、
背広の内ポケットなどに挿せます。私にとっては、この上無く
便利だったので、以来、外出の際には、ペンやシャープなど
と一緒に、離したことがありませんでした。
ところが、ここ2~3週間、それが何処へ行ったのか見当たり
ません。着がえた洋服のポケットに挿してあるのかもしれない
と、数着しらべてみましたが、無い。もしかしたら、どこかで落と
したのかも知れません。
以来、別の小さな櫛を持ち歩いているのですが、まことに、
物が無くなる時は、それが何十年愛用した物であっても一瞬
の、しかも思いがけないことである場合が少なくありません。
そして、それが再び返ってくることは、まず、ほとんど無いの
です。
何十年も愛しつづけた我が身の生命も、ひとの生命も、
突然尽きることも多いのだと、櫛を通して、あらためて思い
知らされている昨今であります。
これは、
「 若い人も、あっと言う間に歳をとってしまうが、学問は、なか
なか捗(はかど)らないものだ。
ほんの一寸の時間も、無駄にしてはならない。
まだまだ若い若いと思って春草たわむれながら、池の堤で、
うつらうつら、快い夢を楽しんでいると、
あっという間に秋風が吹いて、軒先の桐の葉が枯れ、風に
散ってゆく(=歳をとってしまう。だから油断して怠けていると、
気がついた時には、もう遅い。そうなれぬように、少い時から、
しっかり勉強しましょう)」
というほどの意味です。
これは、今から800年あまり前の中国の大学者・朱熹(=朱子)
の作った詩で、その学風は後の人から朱子学といって崇敬され、
最も正統な学解として、中国でも、日本の徳川時代にもたいへん
尊重された学問(孔子の学派・儒学)なのです。
マー君のお母さんは、マー君が学校や塾での成績は悪くはない
が、"遊ぶのが大好き、勉強はあまり・・・・"と嘯いて憚らず、ちょっと
マンガやテレビゲームが多すぎると、心配でたまらないのです。
蓮如上人は、「暇があるから仏法を聴くのではなく、何とか時間
を工面して法をたしなめ」(『御一代聞書』第155段)と言っておら
れます。私たちも一寸の光陰を軽んじてはなりません。
十分あまりのお話しを終え、最近、女子中学入試の難関を突破した
ばかりでお寝坊をしていたお姉ちゃんも交えて、お内仏のおつとめを
し、みんな揃って朝食のあと、マー君のお母さんが私に申しました。
「あの、一寸の光陰・・・・という言葉を、いつでも手の空いた時で結構
ですから、大きな字で書いていただけませんか」
彼女は、台所で食事の準備をしながら、本堂でのお勤めや法話を
いつもモニター・テレビで視聴しているのです。
「どうするの?」
「子供たちの部屋に貼り出しておきたいのです」
私は、仕事は山ほどあるのですが、さっそく、半紙二枚大の紙に、
漢文のままで墨書しました。読み下し文に直すと、こんな言葉になり
ます。
「少年 老い易く 学 成り難し
しょうねん お やす がく な がた
一寸の光陰 軽んべからず
いっすん こういん かる
未だ覚めず 地塘春草の夢
いま さ ちとうしゅんそう ゆめ
階前の梧葉 已に秋声」
かいぜん ごよう すで しゅうせい
先日、日曜日の朝の本堂でのお勤めのあと、私はご法話の中で、
「一銭を笑う者は 一銭に泣く」
「一寸の光陰 軽んずべからず」
「一糎(センチ)の段差も 躓(つまず)くと大怪我をする」
「一声の念仏が その人を直す」
など、大きなことも、もちろん大切だが、小さなことも、疎かにしては
ならない旨を、お話ししていました。
ちょうど、小学校4年生のマー君が、最前列でお参りしていました
ので、
「一銭って知ってる?」と訊ねますと、マー君は、
「百銭で一円でしょ」と答えました。
「では、一銭の下の単位をしてるかね」と質きますと、
「一厘!」と言うのです。
「うーん、よく知ってたね。それ、どこで勉強したの」と言うと、
「マンガで読みました」と答えました。これには、一緒にお参りして
いたご門徒のおじさんやおばさんたちは、大笑いです。
(豊原大成 『心の風景』Ⅲ 自照社出版 2006年より)
親子 夫婦 兄弟 姉妹、
あなたたちが
いたわり合い
愛しあわないで、
どうして本当に
幸せになりますか?
「でも、孤独(ひとり)なら?」
いいえ。
いつも
佛さま御同伴です。
(『慈眼』第38・39号合併号,平成20年5月,7ページ)