赤とんぼ(3)

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 ところで我が国には、つい十年前(1995年)
までは、尊属殺人罪という法律がありました。
これは、両親や祖父母、伯父叔母などを殺害
したものは死刑か無期懲役になるという法律
でした。そしてこの法律が廃止されて以降、
反って尊属殺人が増え続けています。

 しかし、この法律があった時代でさえ、
幼児虐待や幼児殺害に関する法律はなかった
のです。誰が子どもを殺すなど、誰も夢想
だにしなかったからです。
 そんな時代でも、数え15歳(満13~14歳)
での結婚は、やはり早すぎた。その結婚の
背景には、何か「ねえや」の拒否できない
事情があったのでしょう。これは歴史的
事実です。歴史を現在の都合で抹殺しては
なりません。
 その悲しさは、淋しさを、秋の風景の一つ
である"赤とんぼ"の中に詠み込むことに
よって、人の悲しさ、物の哀れを見事に
表現したのです。これが芸術なのです。
 もしも、物の哀れ、人間の悲しさを、
教科書から抹殺するとしたら、源氏物語も
平家物語も、その他、無数の貴重な文学や
芸術も、消えてゆくことになる。
 今の日本の教育で一番大切なことは、
人間の、しみじみとした、本当の喜びと
悲しみを教えることなのです。

 それにしても「光明の広海」(『教行信証』)や
「諸行無常」は、何と素晴らしい教訓では
ありませんか。


(豊原大成 『心の風景Ⅲ』 自照社出版 2006年より)

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コメント(1)

あどけない子供が南無阿弥陀仏と唱えるのは、本当に可愛いものですが、このような子供は摂取不捨の利益にあづかることができるのでしょうか。

以前には、できると思っていたのですが、嘆異抄を読み返していたら、やはりできないのかなとも思うようにもなってきました。

輪番さまは、どのようにお考えでしょうか、どうかお教えください。また、本願寺派における幼児の宗教教育の意義についても関連してお教えください。お願い致します。

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