ところが、そんな中、大すきな流行歌、佐藤
惣之助作詞、山田栄一作曲の『すみだ川』
(昭和12年発表)から、転じて、私の尊敬する
作詩家・藤田まさと氏と作曲家・大村能章氏に
よる『明治一代女』(昭和10年発表)を、ふと
想い出してしまった。
――特にその二番の歌詩の前半。
"怨みますまい この世の事は
仕掛け花火に 似た命"
そしてその「仕掛け花火に似た命」は、私に
とっては、銀杏返しや島田(髷)に結った仇な
芸者衆ではなく、30歳の誕生日を待たずに、
阪神淡路大震災で亡くなった、まだまだ幼顔の
残っていた独り娘のことだったのである。
親とは馬鹿なもの、哀れなものである。
そして心の中で、こんな独言を繰り返していた。
「たとえ90年、100年生きても、この世の命は、
仕掛け花火のようなもの。いずれ、仏さまの国で
ゆっくり会おうね。」
ブログ読者です。
特等席で見る花火うらやましい!どころではなかったのですね。
独り娘を亡くした父、父を遺して先立った娘の無念さに涙が止まりません。
「明治一代女}を聞くたび、花火を見るたびに思い出されることでしょう。
仏さまの国から「ゆっくりして来てお父さん」と微笑んでいるような気がします。
>仕掛け花火に似た命
先日遅まきながら芦屋の西法寺さんを訪ねました
大分で大変お世話になった方でしたが
訃報を京都でお聞きしても足を向けることができませんでした
常に苦悩と向き合えと説いているにも関わらず
情けないことです
でもお御堂に掲げられたにこやかな遺影はお見通しでした