しかし私のこのような思いは、いわゆる
理屈のための理屈にすぎないであろう。
上の書類を見ても、誰も太郎氏が出産
するとは考えない。
世の中は、それで通るのだし、通して可い
と思う。
しかし、これで通らない場合もある。否、
通らない場合が多い。そこに法律とか契約
など、難しい問題が必要となり、発生する。
但し、親子とか夫婦、兄弟、朋友などの
間には、昔は、契約とか法律などというもの
は無かった。特に、親子、夫婦において、
そうだった。
いや、佛さまと私たちとの間にも、格別に
契約などというものは無い。無くても親は子
を、夫は妻を愛し、佛は私たちを慈しみ、
子や妻や私たちは、親や夫や仏さまを敬う
というのが当り前だった。
今、それが当り前でなくなりかけている。
そして恐ろしい事件が次つぎと起るのだが、
この、昔は当り前だった世の中にもどすため
に、私たち一人ひとりが、いや、国全体が
もっと真剣に考え、努力しなくてはならない。
もう一度地獄を通らなければならないのでしょうか
大東亜戦争という地獄に会っても“当たり前”は帰ってきませんでしたが