この版木は現在も保存されているそうです
から、その版本が巷間に出回っていることも
あり得ないことはないのですが、題紙に
「浄土真宗」とありますから、かねて一部の
学者が問題にしていたように、これはおそらく
我が国で作られた高麗本なのでしょう。
一方、我が国でも、徳川時代に江戸の寛永寺
版と宇治の万福寺の黄檗版の二種の版本がある
中、高麗版の模倣本まで出回っていたことは、
昔の僧侶の、いかに多くが、学問に精励して
いたかを示すものと言えるのではないでしょうか。
それにしても、このようなさまざまな歴史
的背景を有するこの『十住毘婆沙論』がそれ
こそ「生々流転」の末、私にまで届けられた
のです。
不思議なご縁を感謝すると共に、親鸞聖人が
たまたま行信を得ば、遠く宿縁を慶べ(『教行信証』総序)
と述べられたように、今、お念仏の教えに値
わせていただくことの幸せと共に、ここまで
お念仏を伝えてくださった方がたへの感謝を、
忘れてはならないと思います。
750年という年月がワタシのために必要だったということを
しみじみ味わいつつ
自分という存在の空しさも同時に感じています