Tさんと自転車

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エスカレーターを多分、靴裏に打ちつけた金具でガチャガチャと音を立てて昇って行く若い女性。車内には自分たちだけしか乗っていないと思っているかのような傍若無人な態度の学生たちに腹を立てながら寺の前まで帰ってくると、庫裏の勝手口のところで、寺から出て来たTさんに、バッタリ出逢いました。
 彼女は既に81~2才。流石に顔はしわだらけですが、それでも元気で、1キロほど離れた自宅から、折々に自転車でお参りに来ます。しかし今日は、どうやら新春のお供えを届けに来てくれたようです。
 「やあ、お久しぶり。お元気で何よりですね。」
と、お互い同じような挨拶を交して、さて彼女、自転車に乗って立ち去るのかと思ったら、そうじゃない。
 そのままハンドルを押して山門の方へ歩いてゆくので、「ははあ、これは、本堂に向かっておじぎをしてから乗るつもりだな」と思っていると、門前で一礼し、またそのままハンドルを押して、曲り角まで歩いて行きました。
 そこで私は、はじめて気がつきました。
 「そうか。彼女、私の見ている所では自転車に乗らないつもりだったんだな。」
 恐らく、彼女は角を曲ってから自転車に乗ったのでしょう。
 この礼儀、敬い。勿論、自転車だから出来るのですが、先刻の騒音地獄から一転して、浄らかな佛の世界に帰って来たような喜びを味合わせてもらいました。

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