東京・築地に勤務し始めて丁度1年が経ちました。その間、関西との間を新幹線で53往復したようです。土、日などは余り関係無く、西へ帰っても所用、東でも勿論用務で、一日も休日はありません。その間、睡眠と食事以外に少し時間があると原稿用紙相手です。2時間半ほどの車中は不足気味の睡眠を30分から1時間ほど補充するか、さもなくば殆どが読書ですが、緻密な仕事は出来ず、昨夏の出版を考えていた小著も校正がまだ済んでいません。
尤も、休日が無いなどと、ぼやいている訳ではありません。そもそも仏さまには休日が無い。いや、寸秒もお休みの時間は無いはずですから、それを思えば、「何のこれしき」です。
尤も、休日が無いなどと、ぼやいている訳ではありません。そもそも仏さまには休日が無い。いや、寸秒もお休みの時間は無いはずですから、それを思えば、「何のこれしき」です。
さて、その東西往還の途中、以前にも書きましたように、東からだと多摩川、富士川、大井川、天龍川、木曽川など、全国的に知名度の高い沢山の河川を渡るの
ですが、その際、嬉しいのは、丁度、列車が鉄橋を渡りきる頃に、左手の堤の上や広い河川敷に、上の3分の2ほどが青地に白の漢字横書き、下の3分の1ほど
が濃緑色の地に白のローマ字で、川の名前を書いた大きな立看板が見えることです。
遠方から、また瞬間的なことなので正確には分かりませんが、看板の大きさは上下が2~3メートル、横幅は5~6メートル
あるのではないでしょうか。
この立看板がJR側のサービスなのか、地元あるいは河川局の配慮なのかは存じませんが、それによって、これらの大川の景色、風格と川の名が結びついて些かの好奇心を満足させ、また時には堤防の単調な線を破るアクセントにすらなっていて、楽しいものです。
ところがです。
「これは何という川かな」
と思って、それとなく看板を探しても見つからない場合、また看板を立てるのに適当な場所が無いのだと思われる川もあります。
これらは仕方が無いとして、
「あっ、立看板が見えてきた!」
と楽しみにしていても、丁度、それが一番見易い筈の地点になっても、看板が遠すぎたり、近すぎたり、向きが悪く、真横に見えて、文字など全く解らないものもあります。
これでは折角の看板も、何のためなのかわかりません。看板はJR・新幹線の乗客のためじゃないのかも知れませんが、少なくとも、私たちにとっては無用の長物です。
もともと立看板など立っていないものだし、川の名前など、どうでもいいじゃないかとの御意見もあるかも知れませんが、私のような不満が起こってくるの は、要するに工事を担当した人たちに、誰のため、何のため、という、看板建設の目的に関する掘り下げが足りないことに起因するのではないでしょうか。
しかし問題は立看板だけではありません。
私たちの仕事にも同じことが言えるかも知れない。これは他人事ではないぞと反省をさせられる事も頻りです。
遠方から、また瞬間的なことなので正確には分かりませんが、看板の大きさは上下が2~3メートル、横幅は5~6メートル
あるのではないでしょうか。
この立看板がJR側のサービスなのか、地元あるいは河川局の配慮なのかは存じませんが、それによって、これらの大川の景色、風格と川の名が結びついて些かの好奇心を満足させ、また時には堤防の単調な線を破るアクセントにすらなっていて、楽しいものです。
ところがです。
「これは何という川かな」
と思って、それとなく看板を探しても見つからない場合、また看板を立てるのに適当な場所が無いのだと思われる川もあります。
これらは仕方が無いとして、
「あっ、立看板が見えてきた!」
と楽しみにしていても、丁度、それが一番見易い筈の地点になっても、看板が遠すぎたり、近すぎたり、向きが悪く、真横に見えて、文字など全く解らないものもあります。
これでは折角の看板も、何のためなのかわかりません。看板はJR・新幹線の乗客のためじゃないのかも知れませんが、少なくとも、私たちにとっては無用の長物です。
もともと立看板など立っていないものだし、川の名前など、どうでもいいじゃないかとの御意見もあるかも知れませんが、私のような不満が起こってくるの は、要するに工事を担当した人たちに、誰のため、何のため、という、看板建設の目的に関する掘り下げが足りないことに起因するのではないでしょうか。
しかし問題は立看板だけではありません。
私たちの仕事にも同じことが言えるかも知れない。これは他人事ではないぞと反省をさせられる事も頻りです。
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