比較級、諦め...3

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 さて、私をこの上なく可愛がってくれた祖父(昭和14年6月、脳溢血で急死)は、つねづね私に「お前はA中学かB中学、C高校(旧制)かD高校、E大学かF大学へ行くんだぞ」と言っていました。そしてA中学かB中学に入るためには、安井小学校が一番良かったのです。
 しかし私の寺は校区外でした。ただ私の寺の門徒総代の1人が校区内の幼稚園のオーナー兼園長さんで、私は園長宅に"寄留"させてもらうことにして、いわゆる越境入学が出来ました。そしてそのおかげで私は、A中学、C高校、E大学に進むことが出来たのです。
 作家の小松君も1年生の2学期中途に、すぐ隣の学区から越境入学、以後ずっと同じ学級、学校でした。


 ところで私は、中学校でも素晴らしい先生に出会いました。学校は明治29年創立。私たちは49回生でしたが、入学したときの校長先生は2人目。初代の鶴 崎先生は「少年よ大志を抱け」の教訓で名高い札幌農学校のクラーク博士の愛弟子。二代目池田多助先生は本校の3回生で初代の弟子。大学卒業後英国留学。時 間のあるときは校長室で独り英文を朗読して楽しんでおられたそうです。毎年一年生に対して毎週各クラス、一時限、自ら教壇に立って学校の精神を説き、ギリ シャの哲人ターレスの三福とか"人多き人の中にも人は無し 人となれ人、人となせ人"などという歌も教えていただきました。
 なお、校長先生の教員採用の基本方針は、ただ資格を取得しているだけではなく、何か自分自身の研究テーマをもっている先生を引っぱってくることだったそうです。
 一番お世話になったのが亀井萬三郎先生。3年生まで学年主任だったと思います。英語のリーダーを5年間担当して下さいました。
 先生は若いころ、アメリカに渡り、コロンビア大学で勉強されたと聞きました。しかし、戦中、戦後のことでもあり、先生はずっと、野暮ったいカーキー色の国民服で過され、瀟洒な背広姿の記憶はほとんどありません。
 大へん厳しい先生で、まず教えられた勉強法というのがこうです。ノートは右側のページ3分の2ほどだけを使い、そこにテキストを筆写する。一行おきでもよい。次に辞書で単語をしらべてノートの空白部分に書きこみ、英文を和訳してノートに書くというものでした。
 単語は1語ずつカードを作成して、ポケットに入れて持ち歩き、電車の中だろうと道を歩いている時であろうと(当時、乗用車などはほとんど走っていませ ん。危険は全然無かったのです)、カードをポケットから引張り出して単語を憶える......。そうすれば、ほぼ完全な予習になり、教室での授業は、おかげさま で、まるで復習でした。

 亀井先生の教え方の一つは、先生自身が"口癖"を言い、それに対して生徒が"口癖"で答えるというものでした。
 たとえば、先生が"不定詞は?ほれ!"("ほれ"は先生の口癖です)と言はれると、皆で声を揃えて"toプラス動詞の原型"と答える。すると先生は"よーっしゃ"と、御機嫌なのです。
 これは言うまでもなく、例えば"to go"という不定詞("行くこと"という名詞、"行くための"という形容詞"行くために"という副詞の3通りに、その場に応じて変わるというように、文法 上の役割が不定だから不定詞というのです)をつくるためには、"to"という前置詞に"go"という動詞の原型(goの変化形として goes,went,goneなどがある)をつけるのであってgoes等ではないということなのですが、この英文法の原則を私たちの頭に叩きこむために、 "不定詞は?ほれ!"と言はれた。いや、実際、何百回言はれたかわからないほどです。かくて"toプラス動詞の原型"は私たちの頭にこびりついたのです。

 先生の口癖で、今も有難く思い出し、応用させていただいているお言葉があります。
 あれを初めて聞いたのは、たとえばbig(大きい)、bigger(より大きい)、biggest(最も大きい)という、形容詞(または副詞)の原型と比較級と最上級を学んだときでした。
 先生は、この時、"勉強とは、比較すること"と言われました。その後、"勉強とは、比較すること"を、これまた何十回言はれたことでしょう。そして、強 ち英語の比較級に限らず、目に触れ、耳にする様ざまな物事の大小、長短、美醜等を自然に比較し観察するようになりました。これは先生の授業から60年以上 経ち、先生が亡くなられてから50年以上経った今でも大変役立つ、非常に有難い教訓です。
 そんなことを思いながら、先日も東京から関西への新幹線の車中で、日本語(=漢字)で比較級をつくれる相対の文字を、思いつくままに紙片に書いてみました。
 大小、軽重、長短、強弱、濃淡、厚薄、遠近、多少、上下、左右、高低、浅深、内外、美醜、老少(若)、寒暑、前後、難易、硬軟 ......。

 そのうちに、必ずしも比較級は作れないが、反対の意味の文字を二つ組合わせた熟語が、それ以上にあることに気がつき、それも書き出してみました。初めはカテゴリー別にと思いましたが、あまりに入り組んでいて難しいので、五十音で並べてみました。
ア)哀歓 愛憎 哀楽 阿吽 安危
イ)違順 一異 一多 異同 因果 陰陽
ウ)有無
エ)盈虧 盈欠(缺) 栄枯
オ)往還 往返 往来 横竪 隠顕 (牡牝 親子)
カ)華夷 加減 開閉 海陸 禍福 乾湿 干満
キ)喜怒 起臥 貴賤 吉凶 虚実 挙措 去来 兄弟 曲直
ク)苦楽 屈伸 君臣 君民
ケ)経緯 賢愚 顕密
コ)古今 好悪 広狭 公私 攻守 剛柔 巧拙 巧稚 向背 紅白 黒白 光陰 興廃  興亡 権実
サ)坐起 山海 山川 山野
シ)死活 自他 姉妹 雌雄 主客 主従 取捨 首尾 授受 縦横 集散 出入 出没  春秋 浄穢 成壊 昇降 生死 乗除 常断 勝敗 勝負 生滅 信疑 真偽 真仮  新旧 新古 進止 伸縮 身心 進退 
ス)水火 水陸 酔醒 
セ)晴雨 正誤 正雑 正邪 生死 盛衰 精粗 精麁 聖俗 清濁 善悪 専雑 選択
ソ)粗細 麁細 麁密 疎密 増減 僧俗 早晩 総別 損益 損得 尊卑
タ)多少 貸借 男女 旦夕
チ)遅速 置廃 治乱 中外 中辺 昼夜 朝夕 朝暮 長幼
テ)天地
ト)都鄙 同異 冬夏 登降 東西 動静 道俗 当否 得失
ナ)南北
ニ)日夜 入出
ハ)売買 繁簡
ヒ)悲喜 彼此 肥痩 表裏 貧富 貧福
フ)俯仰 浮沈 夫婦 文武
ヘ)偏円
ホ)方円 忙閑 凡聖 本末
メ)明暗 迷悟
モ)問答
ユ)優劣
ヨ)与奪
リ)利害 利鈍 離合
レ)冷暖
ロ)老少 老幼
ワ)和戦 和洋
 まだまだ沢山あることでしょうが、列車は新大阪駅に到着。帰宅してからパラパラと漢和辞典の題字のページを繰ってみて気がつきました。何と、上記の漢字 は、殆どが7画か8画どまりで、あとは各画1~2字、それも今は殆ど使われていない本字です。20画以上は皆無だということを知って、漢字を使う人びと の、何か一種の智慧みたいなものを感じました。

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