私は小学校4年生の夏休みに、京都の西本願寺(京都西郊・桂に在る西山別院で当時5日間=現在では10日間の研修がある)で得度式を受け、僧侶となりました。同期生が130人ばかり、そのうち同じ子供の仲間が20人ほど居て、楽しい思い出が、いくつか残っています。
ところで私は、実はその1年余り前の昭和14年7月ごろから「坊さん」として、お寺の行事や御門徒のお家の法要にお参りしていたのです。小学校3年生の
6月に住職だった祖父が急死し、副住職の父が応召し、軍医として大陸に従軍中。役僧が数名居りましたが、門徒の人たちは、大切な法要や葬儀などに当って
は、やはり、お寺の「ぼん」がお参りしないと、納まらなかったからです。
だから、お参りをはじめて、今年でまる70年になるし、今では参詣の方々や、僧侶仲間でも、私より年長者は少なくなっていますが、当時は、法衣を着て道を歩いていると
「ちっちゃな坊さんやなぁ」と、同じ年頃の子供たちに指さして言われることが屡々ありました。
ところで、そんな「ちっちゃな坊さん」ですが、ご門徒の家に行くと、お仏壇の前の、一番立派な大きな座布団に坐ってお経をあげる。終ったら、私の後でお参りしている、門徒のおじさんや、おばさん、おじいさん、おばあさんに向かって、一言、ありがたい法話をする。
そんな或る日、ふと思いました。
「これは芝居だ!」と。
私は小学校の4~5年生になると、寺の近くの門徒の家の同じ年頃の男の子たちと、時々映画館へ行って映画を見ていました。
「忠臣蔵」「鞍馬天狗」「むっつり右門」......。主に時代劇でしたが、「ハワイ・マレー沖海戦」「燃ゆる大空」、「翼の凱歌」(戦闘機「隼」誕生の物語)等々、現代劇もよく見ました。
従って大河内伝次郎、阪東妻三郎、嵐寛寿郎、市川右太衛門、片岡千恵藏、長谷川一夫大友柳太郎、月形龍之助、阪東好太郎、上原謙、佐野周二、佐分利信、 夏川大二郎、岡譲二、月田一郎...といった男優、女優では入江たか子、水谷八重子、夏川靜江、山田五十鈴、田中絹代、木暮実千代、高杉早苗、桑野通子、轟夕 起子、山口淑子、川崎弘子、原節子、高峰三枝子、高峰秀子、さらには、鈴木澄子、森静子、宮城千賀子その他、名前だけでなく、顔も役柄もある程度は記憶し ています。
「芝居だ」と思ったのは、まあそんな映画少年でもあったからでしょうね。
つまり、私は大根役者だけど、今はお殿様か若様の役をやっている。私と向い合っている、門徒の方がたは、本当は阪妻や嵐寛や山田五十鈴などのような名優なのに、今日は家来の役をやっているのだ、と。
それは、お経こそ私の方が上手によめたかも知れませんが、私はまあ教えられたとおり、形だけお念仏をとなえている。しかし門徒の方がたは、真剣にお念仏している。だから念仏者としては、私などより遙かに偉いのです。
しかし、「芝居」は芝居として、出来るだけうまく演じなければならない責任がある。お経も上手にあげ、坊さんらしく、お行儀もよくないといけない。食事 のマナーだって同じこと。だから古本屋で小さな「礼儀作法」の本を見つけて、会席膳の食べ方、箸の上げ下しの作法も、一人で勉強しました。
このような子役の姿を見て名優たちは喜び、かくて「ちっちゃな坊さん」は、門徒の方がたによって育てられてゆく。これがお寺と檀家、住職(寺族)と門徒の関係だったのです。
さて、あれ以来70年たつのですが、今は私の方が偉くなったのかというと、決してそうではありません。私は旅行に出かけている時以外は築地でも、自分の 寺でも、毎朝必ず数十分の勤行に出勤します。自分の寺では、毎朝十数名から、土、日など二十数名お参りしてくる門徒の方々に、少なくとも今しがた一緒に読 誦したお経の御文の解説をします。
しかし、解説できることと、本当に偉いことは別なのです。"ひたむきに"お参りするという点では、今も門徒の方がたの方が私より偉いのではないか。
私は実はまだまだ偉くも何ともないのに、偉そうな殿様、あるいは先生の役をつとめています。一体何時になったら、本当に偉くなれるのかと思いながら。
だから、お参りをはじめて、今年でまる70年になるし、今では参詣の方々や、僧侶仲間でも、私より年長者は少なくなっていますが、当時は、法衣を着て道を歩いていると
「ちっちゃな坊さんやなぁ」と、同じ年頃の子供たちに指さして言われることが屡々ありました。
ところで、そんな「ちっちゃな坊さん」ですが、ご門徒の家に行くと、お仏壇の前の、一番立派な大きな座布団に坐ってお経をあげる。終ったら、私の後でお参りしている、門徒のおじさんや、おばさん、おじいさん、おばあさんに向かって、一言、ありがたい法話をする。
そんな或る日、ふと思いました。
「これは芝居だ!」と。
私は小学校の4~5年生になると、寺の近くの門徒の家の同じ年頃の男の子たちと、時々映画館へ行って映画を見ていました。
「忠臣蔵」「鞍馬天狗」「むっつり右門」......。主に時代劇でしたが、「ハワイ・マレー沖海戦」「燃ゆる大空」、「翼の凱歌」(戦闘機「隼」誕生の物語)等々、現代劇もよく見ました。
従って大河内伝次郎、阪東妻三郎、嵐寛寿郎、市川右太衛門、片岡千恵藏、長谷川一夫大友柳太郎、月形龍之助、阪東好太郎、上原謙、佐野周二、佐分利信、 夏川大二郎、岡譲二、月田一郎...といった男優、女優では入江たか子、水谷八重子、夏川靜江、山田五十鈴、田中絹代、木暮実千代、高杉早苗、桑野通子、轟夕 起子、山口淑子、川崎弘子、原節子、高峰三枝子、高峰秀子、さらには、鈴木澄子、森静子、宮城千賀子その他、名前だけでなく、顔も役柄もある程度は記憶し ています。
「芝居だ」と思ったのは、まあそんな映画少年でもあったからでしょうね。
つまり、私は大根役者だけど、今はお殿様か若様の役をやっている。私と向い合っている、門徒の方がたは、本当は阪妻や嵐寛や山田五十鈴などのような名優なのに、今日は家来の役をやっているのだ、と。
それは、お経こそ私の方が上手によめたかも知れませんが、私はまあ教えられたとおり、形だけお念仏をとなえている。しかし門徒の方がたは、真剣にお念仏している。だから念仏者としては、私などより遙かに偉いのです。
しかし、「芝居」は芝居として、出来るだけうまく演じなければならない責任がある。お経も上手にあげ、坊さんらしく、お行儀もよくないといけない。食事 のマナーだって同じこと。だから古本屋で小さな「礼儀作法」の本を見つけて、会席膳の食べ方、箸の上げ下しの作法も、一人で勉強しました。
このような子役の姿を見て名優たちは喜び、かくて「ちっちゃな坊さん」は、門徒の方がたによって育てられてゆく。これがお寺と檀家、住職(寺族)と門徒の関係だったのです。
さて、あれ以来70年たつのですが、今は私の方が偉くなったのかというと、決してそうではありません。私は旅行に出かけている時以外は築地でも、自分の 寺でも、毎朝必ず数十分の勤行に出勤します。自分の寺では、毎朝十数名から、土、日など二十数名お参りしてくる門徒の方々に、少なくとも今しがた一緒に読 誦したお経の御文の解説をします。
しかし、解説できることと、本当に偉いことは別なのです。"ひたむきに"お参りするという点では、今も門徒の方がたの方が私より偉いのではないか。
私は実はまだまだ偉くも何ともないのに、偉そうな殿様、あるいは先生の役をつとめています。一体何時になったら、本当に偉くなれるのかと思いながら。
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