TVが普及して50年になると思います。
白黒からカラーへ、その他、発展は目ざましい。将来ますます発達するでしょうし、その間、視聴者からの意見やアイディアも、或いは進歩の役に立つかも知れません。しかし視聴者は所詮、視聴者で、メーカーではありません。
メーカーの手を経た成果を享受しているのが視聴者です。
ところで今、世は宗教書ブームで、ちょっと大きな書店には、何十種もが並んでいます。しかし当然のことながら、その多くは解説書。それはそれで結構なのですが、解説書は所詮、解説書の域を出ない。数冊も読めば飽きる場合もあります。どれほど頑張っても、原典に及ばない面があります。それは原典こそが思想のメーカーだからです。受験時代に出会った英文の中に「一冊の原典は百冊の解説書に優る」などの文例もありました。 世の聖職者よ、真実の教えを求め、広めるためにお互いに原典(仏教ならば差し当り漢訳の国訳)の研鑽に励もうではありませんか。
白黒からカラーへ、その他、発展は目ざましい。将来ますます発達するでしょうし、その間、視聴者からの意見やアイディアも、或いは進歩の役に立つかも知れません。しかし視聴者は所詮、視聴者で、メーカーではありません。
メーカーの手を経た成果を享受しているのが視聴者です。
ところで今、世は宗教書ブームで、ちょっと大きな書店には、何十種もが並んでいます。しかし当然のことながら、その多くは解説書。それはそれで結構なのですが、解説書は所詮、解説書の域を出ない。数冊も読めば飽きる場合もあります。どれほど頑張っても、原典に及ばない面があります。それは原典こそが思想のメーカーだからです。受験時代に出会った英文の中に「一冊の原典は百冊の解説書に優る」などの文例もありました。 世の聖職者よ、真実の教えを求め、広めるためにお互いに原典(仏教ならば差し当り漢訳の国訳)の研鑽に励もうではありませんか。
コメントする