Mさんは好い男でした。
いつもにこにこと明るく、頭がよく回転するので、誰も思いつかないような考えが飛び出てくるアイディア・マンでもありました。言葉尻をちょっと変えたりして、他の者が言ったらセクハラになりかねないような危いことを冗談まじりに屡々口にする。しかし彼が言うと全く卑猥な感じがしません。
そのような彼の名「行善」を捩って、私は彼を「行悪」と呼ぶ。すると必ず間髪を入れず「大悪先生!」と返ってきました。
震災の折は、数日を出ずして、最愛の奥さんと一緒に、飛行機で見舞に来てくれました。庫裡も客殿も倒壊しており、本堂には見舞客が溢れていました。だから、折角来てくれたのに、辛うじて「遠い所を有難う」としか言えませんでした。
彼はガッチリした体格の持ち主でした。 ところが、たしか2年ほど前から、急に痩せ始めた。「癌」だったのです。脇腹を手術し、疵口の長さ40センチだったそうです。余命2ヶ月と診断されたそうですが、その後も何とか明るい顔を見せてくれていました。
しかし真黒だった頭髪も、いつしか白い方が多くなり、会議も欠席がちになりました。
見舞に行きたいと思ったが、当方の日程がそれを許さない。やむを得ず、電話や手紙等で思いを伝えていました。最後の電話は多分病院だろうと思って、携帯宛て。7月中旬だったと思います。
その彼が私の電話の直後ぐらいに、奥さんに付き添われて京都での行事に出席し、御本山にもお別れの参拝をしたとか。
その頃すでに、病院も鎮痛の処置しか出来なくなっていたそうです。その期に及んでなお、「ちょっと呼吸を止めたら、みな、死んだと思うだろうな」などと、冗談を言っていたということです。
そして遂に8月初旬に亡くなった。昭和18年生れ。私より一回り以上若い。 日程上、本葬に参列できないので密葬にお参りしました。去年訪問したときには無かったお寺の会館が、2ヶ月前に落成したばかりだとのこと。その完成を待ち望んでいたそうです。
今、私は彼からのプレゼントの一つ、壁掛式のディジタル式温湿度計と向い合ってこれを書き、死の直前のプレゼント、キヤノンのデジタルカメラは傍の戸棚の中にあります。「どこでも入手出来るバッテリー単3が使えるから便利でしょう」というのが、彼のコメントでした。こんな優しい配慮の男でもあったのです。
それにしても、私でさえこんな夢を見るのだから、奥さまをはじめ身近の方々の御哀惜は如何ばかり、また私の夢の中で笑った彼自身、実はどんなに生きたかったことでしょう。
そして、今ごろ、仏さまの世界から「大悪先生、遅いね。何をぐずぐすしているんですか」などと、言っているのかも知れません。
いつもにこにこと明るく、頭がよく回転するので、誰も思いつかないような考えが飛び出てくるアイディア・マンでもありました。言葉尻をちょっと変えたりして、他の者が言ったらセクハラになりかねないような危いことを冗談まじりに屡々口にする。しかし彼が言うと全く卑猥な感じがしません。
そのような彼の名「行善」を捩って、私は彼を「行悪」と呼ぶ。すると必ず間髪を入れず「大悪先生!」と返ってきました。
震災の折は、数日を出ずして、最愛の奥さんと一緒に、飛行機で見舞に来てくれました。庫裡も客殿も倒壊しており、本堂には見舞客が溢れていました。だから、折角来てくれたのに、辛うじて「遠い所を有難う」としか言えませんでした。
彼はガッチリした体格の持ち主でした。 ところが、たしか2年ほど前から、急に痩せ始めた。「癌」だったのです。脇腹を手術し、疵口の長さ40センチだったそうです。余命2ヶ月と診断されたそうですが、その後も何とか明るい顔を見せてくれていました。
しかし真黒だった頭髪も、いつしか白い方が多くなり、会議も欠席がちになりました。
見舞に行きたいと思ったが、当方の日程がそれを許さない。やむを得ず、電話や手紙等で思いを伝えていました。最後の電話は多分病院だろうと思って、携帯宛て。7月中旬だったと思います。
その彼が私の電話の直後ぐらいに、奥さんに付き添われて京都での行事に出席し、御本山にもお別れの参拝をしたとか。
その頃すでに、病院も鎮痛の処置しか出来なくなっていたそうです。その期に及んでなお、「ちょっと呼吸を止めたら、みな、死んだと思うだろうな」などと、冗談を言っていたということです。
そして遂に8月初旬に亡くなった。昭和18年生れ。私より一回り以上若い。 日程上、本葬に参列できないので密葬にお参りしました。去年訪問したときには無かったお寺の会館が、2ヶ月前に落成したばかりだとのこと。その完成を待ち望んでいたそうです。
○
その彼が、何故か法衣姿で、他の仲間数人と、目の前に座っています。 「こんな悪い奴は、他の者がみな死んだって、死なないよナ」というと、嬉しそうに、にっこり笑った。 ○
それにしても、夢は思考の投影だと聞くのに、死んだとわかっている人が、どうして元気で夢の中に現れるのだろう。元気で生きていてほしいとの願望の表れなのでしょうか。 そこで目が醒めました。夢だったのです。
今、私は彼からのプレゼントの一つ、壁掛式のディジタル式温湿度計と向い合ってこれを書き、死の直前のプレゼント、キヤノンのデジタルカメラは傍の戸棚の中にあります。「どこでも入手出来るバッテリー単3が使えるから便利でしょう」というのが、彼のコメントでした。こんな優しい配慮の男でもあったのです。
それにしても、私でさえこんな夢を見るのだから、奥さまをはじめ身近の方々の御哀惜は如何ばかり、また私の夢の中で笑った彼自身、実はどんなに生きたかったことでしょう。
そして、今ごろ、仏さまの世界から「大悪先生、遅いね。何をぐずぐすしているんですか」などと、言っているのかも知れません。
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