幼い頃、時どき、祖母につれられ、乳母と一緒に、2キロほど離れた商店街に行きました。私の目当ては、帰路に立ち寄るかも知れない和食店(寿司、丼物、うどん)「北丸太」の鶏卵(うどんに卵綴じをふりかけたもの)でした。値段は20銭?
商店街では、いろんな店に立ち寄った筈ですが、一番よく憶えているのは大宗(だいそう)という牛肉屋さんです。そこで私が欲しかったのは、100匁(385グラム)1円のロース。100グラムなら25銭強です。しかし祖母は大抵、100匁30銭か50銭の並肉を買います。祖父が柔らかな肉は歯ごたえが無いと言っていたからです。何しろ冬のシーズンなど、太い生大根を厚さ2センチぐらいに切って、パリッと音を立てて食べるほどだったのです。
でも、祖父はその硬い牛肉をすき焼きにして、或る程度噛んでから、口移しに私に食べさせてくれる。私はそれが又、大好きでした。冗談にでも、おかしいなどと言われると、腹が立ちました。
さて小学校(市立)に入りました。入学直後から、担任の先生は皆に毎月、手紙用ぐらいの大きさの封筒をわたします。表に生徒の名前と12ヶ月の枠があり、金30銭と書いてある。つまり授業料納付用の封筒なのです。翌日ぐらいにお金を入れて持参すると、その月の枠内に捺印してもらったと思います。
ところで、それから既に70余年、今ごろになって、毎月の授業料がロース肉25グラム分の代金と同じくらいだったことに気がつきました。今100グラム1,500円の牛肉は昔なら100匁1円のロース25匁分でしょう。つまり学校への納付金は現在の貨幣価値で毎月1,500円程度なのです。
尤も今と異って給食などありません、弁当です。しかし校門のすぐ前の文房具店に、朝"アンパン1個とクリームパン1個"などと申込んでおいて、昼食時に受取りに行くと、それが名前を書いた紙袋に入れてある。私は弁当を持って行かされるので、殆んど買わなかったが、それで確か10銭そこそこだったと思います。
校舎は以前にも書きましたが、木造2階建で外側から突っかえ棒がしてある。雨漏りする教室もあった。そして教室はすべて電灯無し。だって夜間の授業は無いのですから電灯は不用。だから最初から照明設備は無い。質素そのものだった。教育のエッセンスだけがあったのです。
さて昔は同様なことが多かった。
お寺にしても、米や野菜は御門徒が届けてくれる。肉や魚はあまり食べない。無論ラジオもテレビもエアコンも無い......。だから生活費は殆んどかからない。着る物だって継ぎが当っている。お寺ではありませんが、昭和40年頃になっても、立派な老舗の奥さんが店頭で継ぎの当った普段着姿なのでびっくりしたことがあります。明治生れまでは、世の中それで当り前だったのです。
子供の衣類なども弟妹は兄姉のお下がりが普通でした。小学校へ上る頃はじめて、すぐ下の弟と2人、ニットのポロシャツをお揃いで買ってもらったときは「え!?」と思いました。弟が幼稚園の紋章の入った帽子を被って、嬉しそうに笑っている大写しの写真が長い間ありました。今は、弟が持っているのかな?
それにしても、今の世は、教育費が大へんな問題なのですね。何でも優秀校進学率は親の収入額に比例するとか。昔でも子供1人を大学まで卒業させるとなると、その費用で大きな藏が建つとか言われてはいましたが......。
何故、そんなにかかるのか、いや、何故、昔はそんなにかからなかったのか、考えてみる必要がある。教育費が高いから計画的に少子にせねばならないと、若い夫婦や親たちが考えるとするならば、そんな国に将来は無い。そんな政治は亡国政治でしょう。
ところで「義務教育」という事ですが、これは「国家は教育を受けさせる義務があり、国民は教育を受ける義務がある」ということではないのでしょうか?
もし私の理解が正しければ、義務教育期間終了の時点で、国民が所定の義務を果しているか、つまり国が想定した学力を修得しているか否かを検査する。また教育する側(国、学校、先生)も、所定の学力を修得させるという義務を果しているかどうか否かをチェックする必要があるのはないでしょうか。
もし所定の学力の80%しか修得していないのに義務教育修了の証書が出されているとすると、それは納税者が所定の税金の80%しか納めていない、つまり20%脱税しているのに、税務所や検察側がそれを見のがし、或いは知らん顔の怠慢を犯しているのと同じではないでしょうか。
脱税には厳しいが脱学に甘いとなると、文化国家も怪しいもの。一度、先生も保護者も政治家も官僚も、この問題を考えていただきたいものです。
ここまで書いて、たまたま「全国学力・学習状況調査」が、2007年度から小6と中3を対象に実施、テストは国語と算数・数学の2教科云々という記事を見ました。(2009年9月8日付 東京新聞、朝刊 12版26頁)"それなら結構"と言うべきかも知れませんが、では、他の科目はどうなのでしょう。
それから過度な受験戦争も困りますが、競争は昔もあった。しかし、そのために両親が塾や家庭教師に月謝を支払うような家庭は少なかったのではないか。今は国を挙げて子供の喧嘩(受験戦争)に親(の財力)が口を出している過保護の時代。だから、若者は一層臂弱に、無気力になるのです。
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