まず南インドの服装ですが、男性も女性も上半身を覆うことは殆んど無く、専ら下半身を覆っていたようです。
西インド、デカン高原北部のアジャンター石窟寺院群の各所に残る5~6世紀の壁画にその様子が見られます。
即ち女性は僅かに腰部のみを覆い、男性も殆んど膝上程度の腰巻着用です。
特に男性は近年まで、日常はルンギーと呼ばれる白木綿の一種の腰巻のみを着用していました。ルンギーはビルマではロンジと言い、両端を縫い合せて筒状にし、男女共にそこへ腰から下を入れます。男性は上縁の両はしを一たん外側に引っぱっておいて、その端を腹の前で腰部に挿しこみ、女性は上縁を片側だけ引っぱって、やはりその端を腰部にはさみこみます。
これに対し北インドでは、男性は幅約1メートル、長さ4~5メートルの白木綿製の布を、前に襞をとりながら腰に巻きつけて端を臍のあたりで腰部に挿しこみ、襞の部分の下端は股をくぐらせて背後に回し、後腰の部分に挿しこんでいました。
なお、股くぐりの部分を多くとると後腰に挿む部分も多く、全体として丈が短く、遠目には半ズボンのように見えます。この方が活動し易く、農夫など労働者に好まれるようです。
女性の場合は、同様な大きさの布(但し未亡人は白木綿、それ以外は色地。絹地に金、銀などを特に両縁のデザインに織り込んだものもある)を、最初は矢張り腰に一巻きした後、前で7~8段の襞をつけながら腰に巻き、中途から右脇下を通って胸部を覆うように左肩に掛け、後背に垂らす。これがサリーです。
後背に垂らさず、頭に被ることもあります。
又、サリーの場合も、農婦などは、前の襞の部分の下端を股下を経て後背の腰の部分に挿し込むことが多いようです。
男性の上半身は、古くは縦1.5メートル、横幅2メートル余の白布を用い、まず一方の端で左肩を覆って先端を胸前に垂らし、他の端は背中を覆いつつ右脇下をくぐらせて、それを左肩に引上げて後背に垂らしたと考えられます。
これは地中海世界に於ける男性の服装ヒマテオン(ギリシヤ)やトーガ(ローマ)に通じます。
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