〔I師の御先代- 浄土の妙音〕
昭和29年の歳末近く、私を誰よりも可愛がり育ててくれた祖母が亡くなり、その本葬に当り、御本山からお差向けのお導師がI師の御先代だったのです。
御先代は、どちらかと言えば小柄で、恰幅も、むしろ痩せ気味の方だったと思います。
ところがその読経の音声の素晴しかったこと!
当時、父が御本山の役職者だったこともあり、数十ヶ寺の招待御寺院に加えて、御本山から御会葬くださった方々も含めると、僧侶の数は、多分100人を越えていたと思います。
然るにその中で、お導師の美しい、凛然と澄み切ったお声が、ずば抜けて聞えるのです。その時、私は思いました。"ああ、これこそが、お浄土の声なんだ"と。
その後、生来、美声とは思えない私ですが、I導師のお声を思い出しては、少しでも浄土の妙音に近づきたいと努力してきた心算です。
なお、読経は、私たちがみ仏に対して感謝の思いを表明する行為であることは御存知の通りです。
しかし修行者としての質素な法衣を着用している場合もですが、特に金襴、錦の輝く袈裟・法衣を着用して読経する場合は、仏前という、此の世に仮に現れた浄土(仏さまが居られる所)で、み仏を讃える聖衆(菩薩)の役目をさせていただいている。つまり浄土の荘厳の一部になっていると私は考えています。だからそのために読経、作法(動作、行儀)その他各般にわたって、それに少しでも相応しくなるように、いささか努力、精進するのが僧侶の務めでしょう。私にそのような気持ちを芽生えさせて下さったのが、I導師だったのです。
以来、55年、私がI導師のお寺で、御次代I師のお葬儀の導師をつとめさせていただいたのですから、私にとって、こんな有難い御縁はありません。
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