独居あるいは孤独ということに関して、もう少し申し上げますと、私が妻をも子をも失ったということで「淋しくはありませんか」とお尋ねいただくことがあります。
しかし私の場合、孤独なんて、とてもじゃないが言えたものでは無い。
第一、私たちは常にみ仏に護られて生きていると教えられています。その通りだと思います。み仏の光に照らされ、教えに導かれて生きているのです。亡くなった多くの人々との想い出も、いつも私をなぐさめ、励ましてくれます。
また現に甥の家族と同居している訳ですし、弟妹たちも、義姉、義妹も居る。それどころか私を大切に思っていて下さる門徒の皆さんそのほか、他寺院の方々など、血はつながっていないかも知れませんが、私のことを心配して下さっている方が数えきれぬほど居られ勿体ないほどです。だから妻や娘が居なくても、淋しいなんて言うのは贅沢です。
そして何かの折に思いが及ぶのは、お釈迦さまのことです。お釈迦さまは29歳の時、王城を出て以来、修行中の6年間、多くは森や林に住まれたことでしょう。
そこは、蚊、蝿、蟻その他、いやな虫が沢山います。もしも不殺生を実践しておられたとすると、それらを殺すわけには参りません。
まあ蚊や蝿が、マラリヤなど伝染病の媒介以外に人の生死に関与することはありませんが、インドの殆んど何処にでも居た筈のコブラ(長さ2メートルほど、猛毒蛇)は、噛まれることは、そのまま死を意味すると言います。他に虎も居れば、ジャッカル(狼の類?)も居る。森林は、極端に言えば、死と向き合う場所なのです。
昼も大変ですが、ましてや漆黒の闇夜の孤独感、いや恐怖は大変なものだったでしょう。
その孤独感、恐怖を超克されたのがお釈迦さまなのですから、仏弟子の端くれである私たちも、内心は兎も角、口に淋しいとか恐しいとかは言えないのではないでしょうか。
丁度50年前の夏、私はほんの暫くですが、独りで西ヒマラヤ地方を旅しました。この辺(あたり)はヒンズー教よりもチベット仏教=ラマ教圏なのですが、チャンドラ川、ブハガ川など、インダス川の水源近く、麓の村から、付近の岩山の頂へ登って行く途中に大きな岩があり、そこに真上からの雨や雪なら防げる程度の窪みがあって、ラマ(仏教の僧侶)が、ただ一人住んでいるのです。
私は彼に、持っていた飴を2~3粒供養して、尋ねてみました。
「ここで何をしているの?」
答えは無論「修行」です。どうやら彼は一種の神通力の修行をしていたようです。
「私が念ずると、私の身体が地表1フィートほど浮き上るように修行している」と。
浮き上るかどうかは確認しませんでしたが、海抜4~5千メートル級の禿げ山の岩陰に独り暮すということは、それだけでも大変な修行です。
尤も食べ物は、谷底の河に沿って走る山道の中途、何キロ目かに数軒ある人家に托鉢していたようですが、兎に角、修行とは己との戦いであり、孤独との戦いだと、その時に思いました。
要するに釈尊の弟子として出家した者は、この二つの戦いに負けてはならないのです。
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