手紙

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 前回、手紙文の法則などと大層なことを書きましたが、近頃はその法則が、昔と比べて随分、自由化されているように思えます。
 尤も、この自由化は、いわゆる法則を知った上での破調ではなく、自己流と言った方がよいかも知れませんね。
 ものを書くのはなかなか苦心、工夫が要るもので、悩みも大きいものです。
 特に日頃、原稿用紙に向うことのない人が、用務に駆られて手紙を書かざるを得ない場合もあります。それでなくても、手紙の字や文面にも人柄が現れるとか言われ、気を使うことも少なくありません。また手紙は一種の芸術でもあります。その手紙を誤り無く、上手に書くために『手紙の書き方』などというタイトルの書物も何種類か出ているようですし、書でも文章でも「書く」ことは恥を掻くことだと言えないこともないのですが、「書き方」の詳細はそちらに譲るとして、極く基本的なことを中学生の時に教わりました。

 あれは確か2年生の春の頃だったと思います。国語や漢文担当のH先生が一日、授業時間に"今日は手紙や電(報)文の書き方を勉強する"と言って、お話がありました。
 まず普通の手紙は、最初「拝啓」とか「謹啓」とかいう挨拶語で始める。「啓」は口を開く、つまり「申し上げる」という意味だ。
 次に時候の挨拶や、御不沙汰のお詫び、相手の安否などを問う文章を書く。例えば「今年も早や花の季節になりました。長らく御不沙汰いたしておりますが皆様お変りございませんか。私もお陰様で日々恙無く過しております。御休心下さいませ」など。これが礼儀じゃ。
 そしてその次に用件の本文を書く。
 それが終ったら、再び挨拶。例えば「やがて梅雨、高温多湿の候となりますが、くれぐれも御身体御自愛のほど念じ上げます」など。そして末尾に「敬具」(敬いをもって)などと書き、行を換えて私信の場合は月日を書く(公文書の場合は年月日)。そして次の行に自分(差出人)の名前を下の方に。更に行を換えて相手(受取人)の名前を上の方に、自分の名前よりも大き目の字で書く......。
 また、手紙文は通常の話し言葉より、一段だけ丁寧な語法で書く。つまり対等の相手(友人など)に対しては一段丁寧な語法。弟妹や後輩などへは、一応対等な身分の相手と考えて書く。上の人には上々の人相手のつもりで書く。

 次に、簡略に用件だけを書く手紙の場合。これは相手によっては葉書でもよろしい。
 この場合は冒頭の「拝啓」、「謹啓」などの挨拶語、および、時候の挨拶文などは不用。いきなり「冠省」とか「前略」と書く。これは、冒頭の挨拶語、挨拶文(冠、前)を省略(省、略)します、という意味。そして次に用件を書く。例えば、
 「先日は旅行にお誘いいただき有難うございました。日程の都合がつきましたので、参加させていただきます。その節はいろいろ御世話に相成ることと存じますが、何卒よろしくお願い申し上げます。何れ当日拝眉を楽しみに」など。
 そして末尾の挨拶語としては「敬具」の代りに「頓首」「不備」「不一」「草々」「怱々」など、充分に意を尽していない略式の書面であることの詫びを述べる。月日、自名、宛名は同じ。
 但し葉書の場合、裏面には月日までで、相手や自分の住所氏名は表に書く。
 また、突然、急な用件の書状の場合は、冒頭の挨拶語として「急啓」などと書いてもよい。なお、返信の場合は拝啓などの代りに「拝復」と書く。また目上の人、たとえば先生に対してなどは、「前略」「冠省」ではなく、出来るだけ丁寧に「謹啓」などから始める...。
(註:私たち僧侶あるいは仏教徒は、末尾の挨拶語「敬具」などの代りに「合掌」などを用いるのもよいのではないでしょうか。時に「和南」など書いておられる僧侶もありますね。これはvandana(ヴァンダナ)というサンスクリットの音写で、礼拝、稽首、敬礼などを意味する言葉です。)
 それから、封筒の表書きは、相手の名前が出来るだけ中央にくるように、上から大きく書く。裏の自分の住所氏名は、まあ封筒の下半分に......。
 先生の講義は、まだまだ続いたと思います。
 そして次に電報の打ち方です。
 電報は現在では電話で申し込めますが、戦後暫くまでは郵便局へ行って「賴信紙」という用紙に書いて申込むものでした。
  賴信紙には、受取人の住所、氏名などは欄外に書き、本文と差出人の名前(略名でもよい)のみを枡目の部分に片仮名で書く。但し、濁音や半濁音の場合、「゛」とか「゜」は一字に数えられ、例えば「江戸」は「エ ト゛○」と書くから3字分になる。また句読点も一字分に数えられ、枡目一字で幾何の費用がかかる。だから電文は成るべく簡単に、しかし趣旨が間違いなく、正確に伝わるのでなければならない。「よいか、わかったか。ではみな、それぞれ例文を作ってみなさい!」
 そして私たちは、めいめいで電文案を作成して、教壇まで持参し、それを先生がまとめて1枚づつ朗読されます。
 ところが、その電文が、みな殆んど一緒なのです。曰く、
 「フ ゛ タ ト ン シ ス  、 ス ク ゛ カ ヘ レ 、 ○○」
  つまり「豚、頓死す、直ぐ帰れ」なのです。
 「なんじゃ、これは。"豚、頓死す"ばかりじゃないか」
 それもその筈、先生は太っていて渾名は「ブタ」。後には頬ぺたの膨らみ具合から「河豚」が定着しました。
 私たち、まさに悪戯盛りだったのですね。
 昭和19年頃のことでした。

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