インド亜大陸の原住民の信仰の件で、書き忘れていたことが一つあります。それは、"蛇"のことです。
コブラという名の蛇を御存知でしょう。長さが2メートル、太さは我々の手首ぐらい。腹を立てると頬(ほっ)ぺたをふくらませて、頭部全体が薄ぺらい三角形、扇のような恰好になる。そして少くとも2~3メートルはジャンプして、敵に噛みつくのです。噛まれたら、人間など、まず生命は無い。山地で土木作業をしていた男たちが、土の中で寝ていたコブラに触れて、あっという間に3~4人が噛み殺された事件を彼地の新聞で見たことがあります。コブラは猛毒をもつ、いわゆる毒蛇なのです。
蛇といえば錦蛇。胴の直径が10センチぐらい、長さは4~5メートルですが、これは毒をもっていない。しかし敵に巻きついて絞め殺します。
その他、蛇にはいろんな種類があり、それらを捕獲してきて、飼いならし、直径30~40センチぐらいの籠に入れて持ち歩き、道端にしゃがんで笛を吹くと(それを先祖代々専業にしているカーストがある)、特にコブラなど、籠の口から首を20~30センチ持ち上げて、くねくね芸をしたり、また獲物にとびかかる恰好をして、見物人から見物料をもらったりしています。
一度、わけのわからない蛇を見かけたことがります。長さが40~50センチで色は赤い。蛇使いの話では、半年毎に頭と尻尾が交替するというのですが、こわいのであまり近寄って見ることも、従って確かめることも出来ませんでした。インドには不思議なこともあるものです。
ところで蛇たちは、4、5、6月の夏季は土の中で夏眠しているが、7月初頭ごろ雨期に入ると、出てきます。夕方など、気持が好いのでしょうか、大学の広大なキャンパスの道路(アスファルト舗装など未だ無かった)に長く伸びて寝ている。薄暗がりで気付かなかったり、縄か何かだと思って蹴ったり踏んだりすると、大変です。我が国でも行者や巡礼(以前は田舎でのお葬式に山辺の葬場への行列の先導者でも)か、身丈ほどの長い杖、時には頭部にシャンシャンと音のする輪をつけた杖などついて歩いたのは、蛇への警戒、更には蛇に対して、人間が来たぞという警告の意味があったと思われます。
現代でもそうですが、古代、インド亜大陸は今よりも緑の多い時代があったと考えられていますから、草原などを歩くことの多かった当時の人びとは、蛇に対して、大きな怖れを懐いていたと思われ、これをナーガ(龍)といって畏敬したのです。そしてこの畏教がエスカレートして、ずっと後に仏教の経典にも、天龍八部衆といって半神半獣の扱いをされ、八大龍王として、ナンダ、ウパナンダ、マホーラガなどという名前さえつけられ、一種の守護神と考えられるようになりました。
親鸞聖人76才頃作(1248年)の「現世利益和讃」の中の一首にも
「南無阿弥陀仏を となふれば
難陀 跋難 大龍等
無量の龍神 尊敬し
よるひるつねに まもるなり」
とあります。
また龍は天に昇り、雲を喚び、雨を降らせると信じられていました。
中学2年生の頃の国語の教科書だったと思います。源実朝(1192-1219、頼朝の次男、鎌倉幕府第3代将軍、歌集「金槐和歌集」の作者)の歌として、
「時により 過ぐれば民の 歎きなり
八大龍王 雨やめたまへ」
というのがありました。
龍の中で有名なのはムチリンダ龍王のことです。お釈迦さまが悟りを開き、その喜びにひたっておられる間、近くのムチリンダ樹に住む龍王が、お釈迦さまの背後から首を伸ばし、お釈迦さまの頭上を覆うようにして、雨風からお護りしたという伝説があります。
この伝説は、インドシナ半島の仏教国、アンコールワットなどで名高いクメール王国の時代(11~14世紀)、ことにもてはやされたらしく、その姿を画いた仏像が多数現存しています。また、アンコールワットやアンコールトム、その他の幅数十メートル以上の周濠にかけてある石造の橋の欄干のデザインとして、頭が七つぐらいある巨大なナーガがあちこちに見られます。龍が外敵を守ると信じられていたのです。
インド半島の原住民たちは、生命の根源としての水にまつわる神々や樹神、生産のシンボルとしての性器、畏怖の対象としてのナーガなどに供物を捧げ、祈りを捧げながら日々を送っていたのです。
朝、光をもたらす太陽、夜の明りとしての月、雨、風、雷その他、自然現象のあれこれをも一種の神として尊崇していたことも、他の未開民族と同様だったと思われます。
このようにナーガ崇拝もあるのですが、蛇にもやはり天敵があります。例えばマングース。リスに似た動物ですが、歯が鋭い。蛇と戦うと、身体に蛇を巻きつかせておいて、その歯で蛇を噛み殺したりします。(その実演も本当に蛇を殺すわけではありませんが、街頭の蛇使いが見せてくれます。)
もう一つ、より強力な天敵、それは鷲あるいは鷹でしょう。しかし神話の世界では、これを怪鳥ガルダといって、ヴィシュヌという神さまの乗り物になっています。
ガルダは漢字では迦樓羅と書かれ、日本の烏天狗のモデルだそうです。
仏教は、紀元前3世紀のアショーカ王の頃から、インド以外の国ぐにへも伝道されるようになりました。
東南アジアの南端、インドネシア地方に仏教あるいはヒンズー教が伝わったのは、中国の法顕三蔵がインドのからの帰途、ここに立寄ったのは5世紀前半で、この頃には既に仏教は行われていた。これがどこまで遡れるか目下のところ私には不明ですが、彼地における仏教文化の大きなモニュメントとして、中部ジャワ島のボロブドゥール寺院(9世紀)その他が有名です。国土の大部分がイスラーム化してしまった現在でも、バリ島にだけはヒンズー教が残っており、他の地方でもヒンズー文化の名残としてワヤンクリット(紙製で、手足が動く人形を操り、背後から照明してスクリーンに投影し、反対側の見物人に見せる影絵芝居 ― 題材はインドの古典中の物語から取られています。)などがあります。そのインドネシアの国営航空の名前がガルダなのです。
その他、蛇はインドの神話に様々な姿であらわれています。
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