M君とは昭和23年、京都の旧制高校で同じクラスの仲間として出会いました。だから以来、62年間もの親友です。但し、大学では彼は法学部、私は文学部と別れました。しかし昼食時や放課後など、よくキャンパス内の花谷会館という喫茶店で落ち合い、二人は店のおばさんや女子店員たちから"アボット・コステロ"さん(当時、アメリカ映画の喜劇俳優コンビ)と呼ばれていました。
彼はメンソレータムなどの薬品で有名なO社の御曹司、家は昭和初期の西洋住宅建築として、国の登録有形文化財になっています。父君はクリスチャンだったせいで彼も一応はクリスチャンですが、母君が浄土真宗の御門徒で、彼も仏教には普通の人以上に興味があるようです。
もう50年も前でしょうか、「色即是空」とはどういう意味かと尋ねられたので、"ルーパム=色 エヴァ=こそは シューニャム=空"(形あるものこそは空である=実体が無い)というサンスクリットを教えたところ、今もしっかり憶えているようです。
彼は、もう可成り前から故郷の市の文化サークルの会長さんを務めており、私も一度、講演に引っぱり出されたことがありますが、その他いろんな活動のために、故郷の町と東京とをも、年に何回か往来しています。
尤も、しょっちゅう東西を往還している私とは殆んどすれ違いで、なかなかゆっくり会食などの機会は回ってきません。
だからという訳でもないでしょうが、時々電話がかかってきて、時には30分40分間、クラスメートの消息をはじめ、いろんな事を話してくれます。
先日も晩景の一刻、電話がかかってきて、かれこれ4~50分も話したでしょうか。そのうちに話題は視力の減退、そして眼鏡の話になり、私が百円ショップで、度が
2.5から3.5度ぐらいの眼鏡を買ったり、もらったりして10個ほど(それでも合計1000円程度です)築地と自坊、更に事務所と居間などに分けて持っているよと話しましたが、彼も全く同じらしいのです。
ところが彼はボヤきます。「4.0がほしいんだが、無いね。」これに対して私が、「僕は一つ二つは持っているよ。但し、自分で買ったのではない。弟か誰かにもらったと思う。しかし4.0度でなくっても、以前から使っていた3とか2とか、度のゆるいのを2つかけたらいいじゃないか。」と言いますと、彼はビックリしたようです。
「一つかけてるだろう。その上に重ねてもう一つかけたらいいんだよ。」
「ふーん。」
私のように世間音痴に比べて何でも知っているように思っていたM君が、こんな簡単なことを知らなかったのに、こっちの方がビックリしました。
簡単なことと言えば、これは私だけのことですが、時々白菜キムチが食べたくなります。
しかし、(一般に販売されている)唐辛子で真赤なのは、些か苦が手。買う時に一々レッテルなど見ている訳ではないので、たまに、あまり辛くない品に当ると、やれやれと思います。
ところが、これも先日、ふと思いついて、真赤なのを少し水で洗って、赤味を減らしてみました。そして口に入れると、何と、丁度具合がいいのです。以来、キムチは、どんなに真赤でも恐れなくなりました。
世の独居男性諸氏よ、御参考までに。
P.S.一旦、上記を書いてから、念のため、M君に電話して眼鏡のことを確かめてみたところ、彼も実験していて、私の意見に賛成してくれました。
そして、ぽつんと言いました。"母も虫眼鏡など使っていたが、これを教えてやればよかった......"と。
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