次に、もう一つ「臥薪」があります。
それは、本願寺第八代の蓮如上人
(1415~1499)に帰依した越中国(今の
富山県)赤尾の人・道宗は、「阿弥陀如来の
御恩を忘れては勿体ない。これくらいの
苦痛は当たり前」と、薪を並べて、その上で
寝たというのです。
さぞかし身体が痛かったでしょう。ぐっすりと
安眠もできなかったかも知れません。しかし
道宗にとってはそれでよかったのでしょう。
同じ「臥薪」でも、昔の武将と、念仏者と
では、その目的がこんなにも違う。いや全く
正反対なのですね。
先日、そろそろ暑くなってきて、たまたま、
ベッドではなく、畳の上に寝ころがっていて、
こんなことを考えていました。
さて、この薪に関して、たまたま二つの
有名なエピソードがあることに気がつきま
した。
その一つが「臥薪嘗胆」です。
それは、中国の古典に出てくる数多くの
トピックの一つです。
中国に未だ統一国家の出現を見ず、各地
に群雄が割拠して攻防をくり返していた春秋
時代(紀元前5~7世紀、孔子の著『春秋』に
取り扱われている時代なのでこの名がある)、
今の長江の流域にあった呉の国王・闔廬(こうろ)
の子・夫差(ふさ)が、父の仇・越王勾践に
対する仇討ちの志を忘れないために、薪を
並べてその上に寝て身を苦しめ、ついに会稽
での戦いに勾践を破って父の仇を報いたという
のが「臥薪」です。
後半の「嘗胆」は、この夫差に敗れた勾践が、
会稽で捕虜になった恥辱を忘れないために、
動物の苦い胆を嘗めて報復を誓い、やがて
名臣・范蠡の力を得て、ついに夫差を破ったと
いうお話です。
なお、両方とも越王勾践のことだとの説もあり、
よく御存知の方も多いと思います。
薪という字をご存知でしょう。「たきぎ」
とも「まき」とも読みます。
燃料になる木のことですが、いわゆる樹木
の小枝などであるよりも、直径2~30センチ
の樹木の幹などの乾いたものを、長さ3~40
センチに輪切りにし、それを樹木の株などで
作った台の上に立てて、斧で5~6センチ角に
縦割りしたもの(割り木とも云います)が一般
的です。
その長さ、大きさですと、昔はどんな家にでも
あった、御飯などを煮炊きするための竃(かまど)
に何本かづつ挿入して火を着け、燃料にする
のに手頃だったのです。
私なども小学校の頃、なかば遊びで、戦争中、
次第に少なくなった男手の手伝いということで、
弟たちと一緒に、薪割りをしたことがあります。
楽しい想い出です。