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        <title>説法師子吼</title>
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        <language>ja</language>
        <copyright>Copyright 2008</copyright>
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            <title>野球を見る（４）</title>
            <description><![CDATA[<font style="font-size: 1.25em;">　そのほか野球には、野手の打球の処理、走者<br />の走塁等々、興味深いプレーがいっぱいありま<br />すが、球場でも、テレビからでも、ほとんど見<br />えないのが監督の心理状態です。<br /><br />　たとえば味方の投手が打ち込まれる。あるい<br />はチャンスが到来したが、打者が不調のようだ<br />という場合、投手を続投させるか否か、代打者<br />を出すべきか否か、また選手を交代させるとし<br />たら誰を指名するかなど。もちろん、投手交代<br />の場合は捕手やコーチの意見を参考にすること<br />はあっても、決断を下すのはすべて監督なので<br />す。<br /><br />　しかしながら、この場面での交代が成功する<br />か否かは、やってみなければわからない。交替<br />が成功したとしても、退けられた選手が、これ<br />によって精神的にくさってしまっては、以後の<br />戦力やチームの和に悪影響を及ぼすことになる････。<br /><br />　外からではわからないが、監督の苦労は、だ<br />から大変なのです。<br /><br />　野球だけではありません。私たちはいつも当<br />事者の立場に立って物事を考えるべきです。た<br />とえば老人のこと、病人のこと、またそのご家<br />族の悩みなどを思い、いたわり、励ましながら<br />行動する。それが念仏者としての生き方です。<br /><br /></font><font style="font-size: 1.25em;">（豊原大成　『心の風景　Ⅲ』　自照社出版　2006年）</font><br /><br /> ]]></description>
            <link>http://blog.engi-project.net/rinban/archives/2008/09/post-101.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">世俗に思う</category>
            
            
            <pubDate>Thu, 04 Sep 2008 08:30:00 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>野球を見る（３）</title>
            <description><![CDATA[<font style="font-size: 1.25em;">　だから捕手は股間で、右手の指を握ったり、<br />パーを出したり、指を一本だけ出したり、二本<br />出したり、そのほか、あらかじめ打ち合せして<br />ある通りの指の形で投手にサインを送る。投手<br />はそのサインにうなずいたり首を振ったりして、<br />球種合意の上で投球する。<br /><br />　しかも一球目、二球目と同じコースに同じ種<br />類の球を投げないようにするなど、バッテリー<br />と打者とのかけ引きだけでも、その種類は無数<br />と言ってよい。<br /><br />　そんな球種をあれこれ予測しながら野球をみ<br />るほど楽しいことはありません。そしてそれを<br />可能にするのは、センター方向から、投手・<br />捕手・打者を大写しにするテレビ放送なのです。</font><br /><br /><font style="font-size: 1.25em;">（豊原大成　『心の風景　Ⅲ』　自照社出版　2006年）</font><br /> ]]></description>
            <link>http://blog.engi-project.net/rinban/archives/2008/09/post-100.html</link>
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            <pubDate>Wed, 03 Sep 2008 08:30:00 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>野球を見る（２）</title>
            <description><![CDATA[<font style="font-size: 1.25em;">　しかしながら、野球場で見る野球は、実は甚<br />だ大味なものでしかないことをご存知でしょう<br />か。もちろん、目の前で選手たちの、投げる、<br />打つ、走るなどのプレーを見、声援を送るのは<br />楽しいには違いありませんが、野球の面白さは、<br />それだけではないのです。その一つはピッチャー<br />がバッターに対して投げる球種を見ることです。<br /><br />　ご存知と思いますが、投手の投球には、直球、<br />カーヴ、シュート、シンカー、スライダー、<br />フォークボールなどいろんな種類があります。<br />投手はそれをアウトコース、インコース、高目、<br />低目などに投げ分ける。<br /><br />　そしてバッテリーは（ピッチャーとキャッチャー）<br />は、出来るだけ打者の苦手なコースへ、苦手な<br />球を投げる。あるいは打者が予想する球種を外<br />すようにする。そのためにサインを交換して球<br />種、コースを決めるわけです。</font><br /><br /><font style="font-size: 1.25em;">（豊原大成　『心の風景　Ⅲ』　自照社出版　2006年）</font><br /><br /> ]]></description>
            <link>http://blog.engi-project.net/rinban/archives/2008/09/post-99.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">世俗に思う</category>
            
            
            <pubDate>Tue, 02 Sep 2008 08:30:00 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>野球を見る(1)</title>
            <description><![CDATA[<font style="font-size: 1.25em;">　今年も早は秋の彼岸会の月になりましたが、<br />それにしてもこの夏（平成15年）は、ヨーロッ<br />パや中国の猛暑、インドや日本各地の豪雨など、<br />世界中が異常気象だったようです。そのために<br />災害を被られた方がたのお苦しみは、第三者に<br />は測り知れないものがあると思います。せめて<br />心からお見舞申し上げます。<br /><br />　ところで今年は、プロ野球阪神タイガースの<br />ブームの年でもあるようです。甲子園球場には<br />8月の全国高校野球選手権大会にも連日大勢の<br />応援団が押し寄せましたが、それにも増して、<br />タイガースの試合になると毎回5万人を超す<br />観衆が入場しているそうですね。タイガース・<br />グッズの売れ行きは上々らしいし、憂鬱な不景<br />気風をブッ飛ばすのには、まことに結構なこと<br />と言わねばなりません。<br /></font><br /><font style="font-size: 1.25em;">（豊原大成　『心の風景　Ⅲ』　自照社出版　2006年）</font><br /> ]]></description>
            <link>http://blog.engi-project.net/rinban/archives/2008/09/post-98.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">世俗に思う</category>
            
            
            <pubDate>Mon, 01 Sep 2008 12:01:29 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>まっすぐに（４）</title>
            <description><![CDATA[<br /><font style="font-size: 1.25em;">　同じことは私たちの人生、いや毎日の生活に<br />ついても言えます。<br /><br />　せっかく、恵まれた生命です。幼いときから<br />正しくスタート出来るよう、親だけでなく、<br />周囲の人びとが充分配慮すること、そしてひと<br />たびスタートした生命は、み仏によって示され<br />た輝かしい道を、さまざまな困難を乗り越え、<br />目標に向かってまっすぐに歩つづけるよう、<br />努力せねばなりません。<br /><br />（豊原大成　『心の風景　Ⅲ』　自照社出版　2006年）<br /></font><br /> ]]></description>
            <link>http://blog.engi-project.net/rinban/archives/2008/08/post-97.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">世俗に思う</category>
            
            
            <pubDate>Fri, 29 Aug 2008 08:30:00 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>まっすぐに（３）</title>
            <description><![CDATA[<br /><font style="font-size: 1.25em;">　さて、基本という点では、音楽も同様なこと<br />が言えるのではないでしょうか。<br /><br />　音楽は、これも声やさまざまな種類の楽器の、<br />いろんな高さ、長さ、強さの音の組合せによっ<br />て成り立ちます。これらがどう組み合わされ、<br />表現されるかによって、その音楽の優劣、巧稚<br />が決まるのですが、その複雑な表現の前に、<br />より大切なことは、定められた一つの音の高さ<br />を、それだけ正しく、まっすぐに続けて出せる<br />かということでしょう。<br /><br />　たとえば"ド"の音を出すべきところ"レ"<br />が出たり、"ラ"を出しているつもりがいつの<br />間にか"ソ"に下ったりしては、決して立派な<br />音楽にならない。最初に決められた音を正しく<br />続けることは、音楽の生命の問題なのです。<br /><br />　そして書でも音楽でも、文章でも絵でも、<br />つまりあらゆる芸術に忘れてはならないのは<br />"気品"でしょう。<br /><br />（豊原大成　『心の風景　Ⅲ』　自照社出版　2006年）<br /></font><br /> ]]></description>
            <link>http://blog.engi-project.net/rinban/archives/2008/08/post-96.html</link>
            <guid>http://blog.engi-project.net/rinban/archives/2008/08/post-96.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">世俗に思う</category>
            
            
            <pubDate>Thu, 28 Aug 2008 08:30:00 +0900</pubDate>
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        <item>
            <title>まっすぐに(２)</title>
            <description><![CDATA[<font style="font-size: 1.25em;"><br />　ところで、書の上手下手、美醜は、何によっ<br />て決まるのでしょうか。これは実にさまざまな<br />要因が複雑に作用しているようです。<br /><br />　まず、書は点と線との組合せです。しかも点<br />にも線にも、縦、横、斜めなど、いろんな種類<br />があります。それらがうまく組み合されて、<br />一つの字、一行の書になるわけです。<br /><br />　書の根本は、天と地とを貫く直線だという人<br />がいます。五字、十字であろうが、二十字、<br />三十字であろうが、それぞれ形の異なる文字が、<br />縦一直線に、ピント張りつめたように並んで<br />いないといけない。これこそが書の生命である<br />との説には、なるほどと肯かされるものがあり<br />ます。<br /><br />　書の一字一字についても同じことが言えるで<br />しょう。そしてそのために何よりも大切なこと<br />は、縦の線、横の線が、たとえ一本だろうと<br />三本、五本だろうと、ちょうどよい角度・間隔<br />で、力強く美しく引かれていることが、欠くこ<br />との出来ない条件でしょう。また、点一つでも、<br />それを打つ場所によって、文字全体の感じが<br />違ってきます。<br /><br />　だからまず最初に、筆を正しい位置に打ちこ<br />むことが大切ですが、ひとたび紙上に下された<br />筆は、目指す方向に向けて、目指す位置まで、<br />まっすぐに引かれなかったら、決して美しい<br />文字にはなりません。<br /><br />　ただし、一口にまっすぐと言っても、縦線の<br />場合は中程が左に張ったり右に張ったり、<br />下端で筆を抜いたり、止めたり、左へ刎ねたり、<br />横線でも上に反ったり、下に反ったりするの<br />ですが、そのためにも、何よりも必要なのは、<br />まず線をまっすぐに力強く引く筆法の習熟で<br />ある。だからこそ楷書がすべての書体の基本<br />だといわれるのです。<br /><br />（豊原大成　『心の風景　Ⅲ』　自照社出版　2006年）<br /></font><br /> ]]></description>
            <link>http://blog.engi-project.net/rinban/archives/2008/08/post-95.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">世俗に思う</category>
            
            
            <pubDate>Wed, 27 Aug 2008 08:30:00 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>まっすぐに（１）</title>
            <description><![CDATA[<font style="font-size: 1.25em;"><br />　書道の展覧会に行きますと、大きな画仙紙に<br />墨痕鮮やかな作品が、広い会場に、所狭しと<br />展示されています。どれもこれも立派ですが、<br />多くの場合、その書体は行書、草書、篆書、<br />隷書で、楷書の作品は少ないようです。作者<br />たちが、楷書という書道の基本を超えて、自分<br />自身の技術や芸術感覚を表現しようとすると、<br />どうしても、行、草などの書体になってしまう<br />のかも知れません。<br /><br />　また私たちが通常、手紙やメモなどを認める<br />場合、楷書で書くことは少なく、より軟らかい<br />感じで、しかも早く書ける行書、草書になって<br />しまうことがほとんどです。<br /><br />（豊原大成　『心の風景　Ⅲ』　自照社出版　2006年）<br /></font><br /> ]]></description>
            <link>http://blog.engi-project.net/rinban/archives/2008/08/post-94.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">世俗に思う</category>
            
            
            <pubDate>Tue, 26 Aug 2008 13:23:38 +0900</pubDate>
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            <title>盆踊り（５）</title>
            <description><![CDATA[<font style="font-size: 1.25em;"><br />　なお、こんな楽しい、素晴らしい風物を<br />間近に見ながら、どうせ下手くそに決って<br />いるが、踊りの輪の中に入って行く勇気<br />が私に無いのは何故だろうかと、私は、<br />踊りの間ぢゅう、しきりに考えていた。<br /><br />　つまり私には頭をはじめ、それぞれ異<br />なった方向に、両手両足を、曲げたり伸し<br />たり、うまくあやつることは不可能のように<br />思えたからである。<br /><br />　そして私が何故そう思うかという理由に、<br />ふと思い当った。<br />　つまり、私が、遙か昔の学生時代、ただ<br />一つのボールを打ち、投げ、捕ることに<br />全身、全神経を集中するスポーツに親しん<br />でいたからではないか、と思うに至った。<br /><br />　しかし、これもおかしい。野球選手だって<br />盆踊りの上手い人は沢山居るに違いない。<br />だから要するに、不参加は臆病のせいかと<br />いうのが、只今のところの私の結論である。<br /></font><br /> ]]></description>
            <link>http://blog.engi-project.net/rinban/archives/2008/08/post-93.html</link>
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            <pubDate>Fri, 15 Aug 2008 08:30:01 +0900</pubDate>
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            <title>盆踊り（４）</title>
            <description><![CDATA[<font style="font-size: 1.25em;"><br />　しかし楽しい。他のどれよりも楽しい。<br />もしかしたら、この圧倒的な数による<br />いい加減さ。<br />　しかも、何時間も汗をかき、拭き、砂埃<br />にもまみれながらの踊り手と見物人たち。<br />これこそが日本の庶民の力であり、文化<br />ではないか。<br /><br />　そういえば、ハワイや北米西海岸のロス<br />などで、佛教寺院の夏の行事として、<br />盆踊りが毎年盛大に催され、そのために<br />坊さん兼・歌手兼・踊りの先生が招かれて、<br />わざわざ日本から出張するのも、彼地の<br />日系人のバイタリティーを示すものだし、<br />盆踊りがある限り、日本の庶民文化は<br />滅びることは無いだろう。<br /></font><br /> ]]></description>
            <link>http://blog.engi-project.net/rinban/archives/2008/08/post-92.html</link>
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            <pubDate>Thu, 14 Aug 2008 08:30:00 +0900</pubDate>
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            <title>盆踊り（３）</title>
            <description><![CDATA[<font style="font-size: 1.25em;">　それに、その踊り方。上手もあり、下手も<br />あり。腰をやや落して、両手を挙げ降ししな<br />がらステップを踏む。だから腕も脚も、ピンと<br />伸びることが無い。曲げても伸ばしても、<br />中加減なのである。<br /><br />　それから、踊りは必ずしも音楽が始まった<br />時から踊っていなくても、かまわない。曲の<br />中途から何重にも櫓を取り巻く踊りの輪に<br />入って行ける。輪の何処に入ってもかまわ<br />ない。後の人は適当に間合いをあけてくれる。<br /><br />　また逆に、途中で何かを思いつき、踊りを<br />やめて、輪から出て行ってもよい。<br /><br />　踊りは、輪の中だけではない。輪の外から<br />見物していた人が、雰囲気に浮かれて、<br />いつの間にか、その場で手足を動かしている。<br /><br />　さらに、踊りの輪は、一重の場合もあるが、<br />人数によって、二重、三重、五重でもかまわ<br />ない。踊り手の前後の距離も、いわば"適当に"<br />である。一つとして定まったことはない。<br />会場によっても、それぞれ異る。<br /><br />　まさに百人百様、千場千様である。日本<br />なら例えば京都・祗園の芸妓さんの踊りの<br />ように、「一糸乱れず」とは全くの正反対。<br />折しも行われていた北京オリンピック入場式<br />の、そのために訓練された姑娘部隊の整然<br />さとも全く異なる。<br /><br />　ある意味で、こんないい加減な踊りは無い。<br /></font><br /> ]]></description>
            <link>http://blog.engi-project.net/rinban/archives/2008/08/post-91.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">世俗に思う</category>
            
            
            <pubDate>Wed, 13 Aug 2008 08:43:45 +0900</pubDate>
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            <title>盆踊り（２）</title>
            <description><![CDATA[<br /><font style="font-size: 1.25em;">　ところで、盆踊りとは、奇妙な踊りである。<br />何百人かが中央の櫓の周囲を踊りながら周る。<br /><br />　しかしそれが、歌と太鼓のリズムと合って<br />いることを除くと、他は全部バラバラ、まち<br />まちなのである。<br /><br />　第一に、参加者が、小学生ぐらいの子供<br />（周辺には3～4歳の子も沢山見かけるが）から、<br />男もいれば女もいる。流石に、女性対男性の<br />人数の比は、30あるいは50対1ぐらいかも知れ<br />ないが。<br /><br />　次に服装。揃いの浴衣姿の女性群も幾グルー<br />プか見かけるが、浴衣あり、ワンピースあり、<br />シャツとズボン姿あり。それに近年は、リュッ<br />クサック姿、肩から脇にショルダーバッグ姿<br />の若い女性。先日は、身長175センチはあるか<br />と思われる、ピンク色染の浴衣を着た、若い<br />黒人女性も見かけた。<br /></font><br /> ]]></description>
            <link>http://blog.engi-project.net/rinban/archives/2008/08/post-90.html</link>
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            <pubDate>Tue, 12 Aug 2008 09:10:00 +0900</pubDate>
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            <title>盆踊り（１）</title>
            <description><![CDATA[<font style="font-size: 1.25em;">　今や大袈裟に言えば、日本国中が盆踊りの<br />季節である。<br /><br />　我が東京・築地本願寺でも、地域の方々の<br />御協力のお蔭で、盆踊りは年年盛大になり、<br />今年も8月5日から8日まで、4日間の毎夕、<br />それぞれ数千人の人びとが、前庭に組み<br />上げられた櫓を中心に、踊る人、立見の人、<br />ビールや蛸焼き････を楽しむ人びとなど、<br />首都の夏の名物の名に恥じない賑いぶり<br />だった。<br /></font><br /> ]]></description>
            <link>http://blog.engi-project.net/rinban/archives/2008/08/post-89.html</link>
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            <pubDate>Mon, 11 Aug 2008 17:02:29 +0900</pubDate>
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            <title>保育園（４）</title>
            <description><![CDATA[<font style="font-size: 1.25em;"><br />　しかし私のこのような思いは、いわゆる<br />理屈のための理屈にすぎないであろう。<br /><br />　上の書類を見ても、誰も太郎氏が出産<br />するとは考えない。<br /><br />　世の中は、それで通るのだし、通して可い<br />と思う。<br />　しかし、これで通らない場合もある。否、<br />通らない場合が多い。そこに法律とか契約<br />など、難しい問題が必要となり、発生する。<br /><br />　但し、親子とか夫婦、兄弟、朋友などの<br />間には、昔は、契約とか法律などというもの<br />は無かった。特に、親子、夫婦において、<br />そうだった。<br /><br />　いや、佛さまと私たちとの間にも、格別に<br />契約などというものは無い。無くても親は子<br />を、夫は妻を愛し、佛は私たちを慈しみ、<br />子や妻や私たちは、親や夫や仏さまを敬う<br />というのが当り前だった。<br />　今、それが当り前でなくなりかけている。<br />そして恐ろしい事件が次つぎと起るのだが、<br />この、昔は当り前だった世の中にもどすため<br />に、私たち一人ひとりが、いや、国全体が<br />もっと真剣に考え、努力しなくてはならない。</font><br /><br /> ]]></description>
            <link>http://blog.engi-project.net/rinban/archives/2008/08/post-88.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">世俗に思う</category>
            
            
            <pubDate>Wed, 06 Aug 2008 08:30:00 +0900</pubDate>
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            <title>保育園（３）</title>
            <description><![CDATA[<font style="font-size: 1.25em;"><br />　ところで、先日、思わず、くすりと笑って<br />しまった立案があった。それは要するに、<br />こんな内容のものである。<br /><br />　　　園児　○○××、当分の間、休園願い<br />　　　理由、第二子出産のため<br />　　　保護者　○○太郎<br /><br />　上の立案には、当然、同じ趣旨を記して<br />捺印した、保護者○○太郎氏の願書（のコピー）<br />が添付されていた。<br /><br />　そして上の出願の理由は、○○××さんは<br />目下一人子で、そのお母さん、つまり太郎氏<br />の奥さんが、自宅と勤務先との途中で、<br />その子を園へ（から）送り迎えしていた。<br />　しかし第二子出産のため、勤務もそして<br />送迎も不可能になったから、然るべき時期<br />まで、子供は自宅で養育したいということ<br />なのだろう。<br /><br />　しかし、上の出願書および立案書を見る<br />限り、この件について最重要な鍵を握る、<br />つまりキーマンとしてのお母さんの名前が<br />何処にも出ておらず、書面に依る限り、<br />第二子を出産するのは保護者(父親)の<br />○○太郎さんだということになるからである。<br /></font><br /> ]]></description>
            <link>http://blog.engi-project.net/rinban/archives/2008/08/post-87.html</link>
            <guid>http://blog.engi-project.net/rinban/archives/2008/08/post-87.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">世俗に思う</category>
            
            
            <pubDate>Tue, 05 Aug 2008 08:30:00 +0900</pubDate>
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